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【発狂頭巾】茶の湯血風録!冥途の旅路に狂い一服

発狂頭巾シーズン6・28話より。

発狂頭巾基礎知識

発狂頭巾とはTwitterの集団妄想から発生した「昔放送してたけど、今は放送できない、主人公が発狂した侍の痛快時代劇」という内容です。クレイジーなダーク・ヒーローです。狂化:EX。

壱幕

みーんみんみんみん……

夏とはいえ、朝方は涼しげなものである。からりと晴れた遠くの空には入道雲が浮かんでいた。その空の下、蝉の声に彩られた裏通りを二人の男が歩いている。一人はごく普通の武家奉公人らしい、しかし質の良い着物を着ている普通の男だ。名をハチという発狂頭巾の相棒である。

「旦那、お呼びいただけるのはあっしも嬉しいですよ。しかしですね。茶の湯なんて、生まれてこの方、やったこともないんですよ。本当にあっしも参加してよろしいんですかね?」

ハチの前を一人の侍がずしずしと、足早に歩く。極彩色の着流しに、腰に差すは名刀・真治吉(まじきち)、夏だというのに頭には怪しい頭巾を被っている。ご存じ発狂頭巾こと吉貝何某、その人であった。

「なぁに、気にすることはない。今日お招きいただいた亭主、不審斎どのは茶道の大家であるぞ。もてなすことにかけては天下一の男、おぬしもゆるりと、茶の味を覚えていけばそれでよい」

カラカラと笑いながら、吉貝は歩み続けた。やがて閑静な小邸宅の門の前で立ち止まった。

「おお、ここだ。こここそが狂千家(くるいせんけの茶室・前後不明庵(ぜんごふめいあん)よ。うむ、いつみても涼しげな茶室よのう」

「え、そんなの初めて聞くんですが」

「ハチよ、いくらおぬしでももう少し勉強をするがよいぞ。幸い、少し時間もあるようだ。路地(ろじ、茶室の庭)で狂千家の歴史を教えてやるとしよう」

ずかずかと勝手に門から入り込むと、三和土(たたき)をひょいひょいと奇怪なステップで進み、刀掛けに刀を置き、躙り口(にじりぐち、茶室の入り口)近くの庭石に腰掛けた。

「よいか、ハチ。そもそも茶道というものはだな……」

15XX年、日ノ本は戦の炎に包まれた。だが、数寄の心は失われていなかった。茶道伝承者にして侘茶創始者である茶の狂人・千利休によって、哲学的な茶の理論が構築されていった。数寄の心とはある種の狂気であり、狂気の中から癒しである茶の湯が再生されていった。

だが、運命は残酷にも利休に襲い掛かる。大徳寺の山門に冒涜的偶像を飾った事に危機感を抱いた天下人・豊臣秀吉によって利休は自死を命じられた。しかしながら、それでも利休の弟子らは各地に散らばっていき、茶の世界を伝承し続けた。

もっとも有名なものは三千家と呼ばれる表千家・裏千家・武者小路千家である。彼らはこれら三家以外に千家を名乗らせなかったが、狂人である一部の弟子はそんなことは気にしなかった。各地には利休の弟子らが散らばり、それぞれ独自の茶道を引き継いでいった。彼らは地名を家の名前につけていた(武者小路通に茶室があったので武者小路千家など)。倫敦スコットランドヤード千家や紐育ブルックリン千家といえば現代でも著名であろう。

「そして利休の弟子にして最も師匠の狂気を理解し、破門された狂人中の狂人として名高い初代不審斎殿が開かれたのが、京の都で狂人が集まる狂人通の前後不明庵よ。残念ながら京の前後不明庵は火の不始末で焼けたが、それを江戸にて再建し現代まで伝えられたのが狂千家であり、今日お招きいただいた亭主の当代不審斎はその家元よ」

ニコリともせずに吉貝はすらすらと答える。

「へえ……いや、そんな茶道の歴史は初耳でやんすが……旦那、意外と物知りでやんすね」

「こう見えても、俺は武士だぞ?む?」

吉貝が突如、玉虫色に輝く瞳で、前後不明庵の門を睨む。そこには爽やかな着流しを着た一人の侍がこちらに向かって歩いていた。見事な体格の偉丈夫、涼しげな眼差し、遊び心のある質の良い着物、そして作法を身に着けた歩き方からかなりの上級武士であろうことが推測された。

「おお、遅れてしまったかと心配した。どうやら今日の一席ご一緒させていただく方のようですな。拙者は田真之介と申す、旗本の次男坊でござる」

明朗な声で徳田は一礼しながら自己紹介をした。

「拙者は吉貝何某、人呼んで……発狂頭巾」(ガンギマリの顔で)

「あ、すいませんね……吉貝の旦那はちょっと頭がアレで……あっしはハチと申します。礼儀作法には覚えがないため、失礼に当たるかもしれませんが、どうぞご容赦を。よろしくお願いいたします、徳田様」

軽い談笑を交わしていたときだ。ガラリと躙り口が開く。穏やかな表情で薄く目を閉じた初老の男性がにこりと顔を出し、お辞儀をする。

「お待たせいたしました。釜の用意が整いました。徳田様、吉貝様、よくぞお越しくださいました。ハチ様、お初にお目にかかります。私が本日の亭主を務めます不審斎と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」

秋の夕暮れのような静かな声だ。しかし、地味な茶色の道服の袖から覗くその手には深い皺が刻まれていた。歴戦の茶人のものであった。

二幕

外のうだるような暑さとは異なり、茶室の中はただ静かでセミの鳴き声すら聞こえず、冷ややかな空気が漂っていた。茶室の中にのそり、のそりと徳田、吉貝、ハチの順番で入っていく。手拭いで汗を急いで拭きつつ、ふと周囲を見渡したハチは思わず声を漏らした。

「これは……なんと……」

そこは一般的な茶室とは全く異なる様相であった。畳や柱は非ユークリッド幾何学的な曲線で空間を仕切り、床の間には遠い英国の狂人放火魔ガイ・フォークスの水墨画が飾られ、炉には狂気の乙女ジャンヌ・ダルク火刑を模した釜が備え付けられている。全てが狂気で彩られながらも、常人であるハチですら、不思議な心躍る空間であることを認めざるを得なかった。

「ふふ、ハチよ。驚いたようだな」

吉貝の目が怪しく光る。

「ハチ殿、不審斎さまは狂気を茶道に盛り込む達人であられるのだ。この茶室の狂気具合の何と凄まじく、そしてそれと裏腹になんと落ち着く事か。いや、流石は不審斎さまだ」

徳田も、一言付け加える。

「過分なお褒めにあずかり、光栄でございます。それにハチ様、そのように恐縮されなくても結構ですよ。茶は皆で楽しむもの、思い思いに楽しみ、茶を味わってくだされれば、これにまさる喜びはございません」

そういうと不審斎は皆の前に茶菓子を差し出した。

「こちらはかすていらで酪を包みました摩利斗津緒(まりとっつぉ)と申す歌詞でございます。お口にあえばよろしいのですが…」

「なんと…これはまた奇怪な菓子…」

徳田はゆるりと、丁寧に菓子を食べ始めた。

「うむ、美味い美味い」

いつものように吉貝は手づかみでわしわしと口に運ぶ。がっついて頬張ったため、ほっぺたには白い酪がくっついていた。

ハチもおそるおそる、その奇妙な菓子を食べ始めた。少し割り、一口ずつ、口に含む。甘い味が口いっぱいに広がった。しかしその甘さは決してしつこいものでは無かった。夏の日差しの中を歩いてきた身体に溶け込むような、優しい甘さであった。

「美味い……ですな。初めて食べましたが……」

「皆さま、およろこび頂けたようで何より」

そういいながら、不審斎は釜の準備を始めた。蓋を開け、右手の袖を近づけると、袖からちょろちょろと、どこからともなく水が注ぎ込まれていく。『水芸』の応用であることは明らかだが、それはまるで渓谷を水が流れるが如き自然な所作であった。

さらに左手の袖を炭に近づけると、ぼぉっと青白い炎が炉に灯った。もはやハチには原理すら理解できない所作であった。

それらの動きが自然(じねん)のものであること、なんと見事な事か。これには徳田もハチも息を巻いた。

「いや、さすが不審斎さまですな…」

「なに、大したことではございませぬ……」

だが、吉貝は違った。目は玉虫色に爛々と輝き、一言呟いた。

「これが噂の茶道呼吸か……やりおるな不審斎」

「さすが吉貝様。よくご存じで……これが利休様直伝、人体の潜在能力を100%引き出す茶道呼吸でございます。慣れれば誰にでも、すぐに出来ますよ」

茶道呼吸の歴史は古い。日本では村田珠光が秘伝書から読み解いたとか、利休の一世代前の堺の茶人である武野紹鴎が唐の国より伝来したものをまとめたとか、様々な諸説がある。その源流は漢の時代に興った一子相伝の暗殺拳法における呼吸術であるという。この呼吸と経絡秘孔によって、利休や山上宗二といった安土桃山時代の茶人達は驚異的な体力で持って茶会を切り盛りできたのである。

ゆるりとした所作から湯を茶碗に入れ、茶筅を回し始める。それと同時に不審斎の姿がぐらりと揺らぐ。正座したままであるというのに、その姿は茶室の中を縦横無尽に移動し、残像が見える。

「なんという……なんという……まるで剣術の秘奥のようだ」

「いえいえ、ちょっとした余興でございます」

「ふむ、深い哀しみを負った茶人にしか使えぬ利休直伝の究極奥義・無想転生か。不審斎、また腕を上げたな」

「いや、これ茶道なんですか本当に?」

質量を持った残像の一つが、良く準備された茶碗をするりと、徳田の前に差し出した。

「ささ、入りました。狂気を含め、全てを賭けて茶をもてなすのが狂千家でございます」

「うむ…ではいただくとしよう」

すっと、徳田は茶を一口飲む。僅かな余韻。

「結構な手前……」

徳田は言葉少なく、茶腕を吉貝に回した。まるで言葉にすることを惜しむかのようであった。

「………」

吉貝は黙って茶碗を受け取り、ぐびりと飲む。遠慮なく飲む。

「苦い。だが悪くない。良い狂いだった」

一口、余計な事を呟き、吉貝も茶碗をハチに回す。

「いただきやす……」

神妙な顔つきで、ハチは茶碗を手に取る。見様見真似で、茶を口に含む。

「!?」

茶を始めて飲んだハチにすらわかった。苦さと共に爽やかな香りと一服の清涼感が、ハチの脳裏を駆け抜けた。それは今まで経験したことのない多幸感すら感じさせるものであった。思わず何らかの御禁制の薬物が入っているのではないかと疑うほどのものだった。

「お悦び頂けて何より。それが、狂千家の茶でございます」

にこりと、不審斎は穏やかに答えた。

茶室は僅かに、静寂に支配された。幸福な静寂であった。

三幕

ハチがそっと、茶碗を返し、一呼吸置いた時だ。この茶会の主賓である徳田は僅かに口を開いた。

「不審斎どの、誠に見事なもてなしをいただき、深く感謝させていただきたい。これほどの卓越した腕、幕府も指南役にとの声も上がっておろう」

徳田は、最初からこの指南役の件を聞きたかったようだ。吉貝の瞳が、黙ったまま、怪しく光る。

「いや、実際に上がっている。拙者も少々小耳に挟んでの事でな……不審斎どのはどのようにお考えであるか、よろしければ胸中をお教え願いたい」

静寂が一層深くなったかのような錯覚を覚えた。そして、不審斎は僅かに瞳を閉じると、厳かに答えた。

「誠に恐縮ながら、指南役の件、お断りいたそうかと思っております」

「それはなぜ?」

納得がいかぬかのように徳田は問うた。

物知らずなハチであったとしても、不審斎の腕が指南役に相応しいものである事は理解できた。吉貝は静かに、口の端からカニのように泡を立て始めている。

「それは芸の未熟、私の茶は『蒲鉾』(かまぼこ)に過ぎぬのです」

「蒲鉾……」

蒲鉾。それは狂える茶人千利休が深い戒めとして後世に残したコトワザである。ある日、茶人をアポ無しで訪れた利休はよく手入れされ見事な茶の振る舞いに感心したが、酒肴として出た日持ちのしない蒲鉾を見て、自分が訪れる事を知ったうえで準備されていたものだったという逸話である。

「私どもの茶は利休さまの示された『狂気と茶の融合』、『真の一期一会』を目指しておりました。しかしながら、今日お見せした茶は全て準備の上のもの。真の狂気とはとても申せませぬ……いや、むしろ狂人のふりをして大路を歩くような、余計に見苦しいものにしかなりませんでした。ですので、これらは蒲鉾でございます。とても公方様にお見せできるようなものではございませぬ」

不審斎の顔には無念があった。それは謙遜ではない、本当に心からの無念であった。その生涯を芸に捧げ、狂気を炉にくべ続けてすら理想とする境地に辿り着けぬ、ただひたすらの無念であった。

「ううむ……」

徳田は僅かに唸った。その表情にはいささかの残念さが見えた。

その時である。吉貝は突如立ち上がり、叫びだした。

「ギョエエエエエエエエ!!!!!!!」

「旦那!?何をされるつもりで?」

ハチは驚いたが、内心少々安心していた。今日は外の刀掛けに愛刀・真治吉(まじきち)を置いてあり、茶室に刃物を持ち込んでいない。ならばそう酷い事にはならないであろう……

少し後で、ハチは深く後悔することになった。

「なにぃ?!不審斎、ならば真の一期一会になるまで狂って見せよ。ギョエェェェェェェェ!!!!!

そういうと同時に、鋭い手刀を宙に走らせた。音速すら超える吉貝の指先が三日月の如き剣閃を描く!徳田も、不審斎も、ハチも、反応すらできなかった。狂人に刃物は要らぬ、腕(かいな)一つあればよい。

ごとり。

床に、不審斎の首が転がった。

「吉貝、何をする!?狂ったか!?」

「だ、旦那!?なんてことを……刀が無いと油断していたばかりに!?」

「黙れェェェェい!!!見よ、まだ不審斎は死んでおらぬわ!!!」

おお、見よ。不審斎の首が、この惨状を見て目をぱちくりとしているではないか!それどころか、言葉すら話す。切断面からは一滴の血すらも零れていない。

「こ、これは……一体……吉貝様、何をなされた……」

「馬鹿な!首だけになって話せるだと?」

「ひいいい!?」

驚く徳田、腰を抜かすハチ。そして、いよいよ吉貝の目が爛々と輝く。

「おう、首の筋一つだけを残して斬ってやった。よって感覚もあろう、力を入れれば腕も動かせよう。だが、おヌシの命の灯火は断った。半刻もせぬうちに消え失せ、中有へと旅立つであろう。すなわち……これよりもう一度茶を入れい!真の一期一会なるぞ!!!」

なんという傍若無人!狂人の理屈である。すかさず徳田が吠えた。

「なんだと!?そんな事のために、不審斎を殺したのか!?お前は何をしているかわかっているのか!?」

そして吉貝も吠えた。

「応とも!そのために殺した!首を斬って殺した!これが芸に生き、狂気に生き、道を究めんとする友への餞よ!これより不審斎が点てた末期の茶を飲んで、それでもまだわしの振る舞いが気に入らぬなら……吉宗よ、その時はこのわしのそっ首も斬り落とせぃ!!!」

それはまさに狂人の理屈でしかない。僅かな殺意の視線が交わい、緊張感が高まったとき、不審斎の腕が僅かに動く。

「……おお、確かに……吉貝様のおっしゃる通り、腕も動きますし、目も耳も働きますな……それに」

だが、その緊迫した空気を生首が壊す。不審斎(首)は口をぱくぱくして、声を出す。胴体の腕も動く。

「なにより……心が澄みきっている……なるほど。これが……利休さまのおっしゃられた詫び寂びの心、一期一会、人類の進化、恐竜が滅びた理由、この宇宙に地球が生まれた理由(わけ)……全て……今ならすべて理解できまする……さあ、茶会を……再開といたしましょう……」

「応とも!」

動き始めた不審斎に応え、吉貝はむんずとあぐらをかき始めた。徳田は僅かに逡巡するも、静かに腰を下ろしてぶぜんとした顔で正座し、おろおろしつつもハチもそれにならった。茶会の再開である。

かたり。

茶杓を取ろうとした不審斎の腕が、しくじって落としてしまう。照れながら、生首が詫びる。

「いやいや……申し訳ない……どうも……首と胴体が別々の状態だと……所作が難しいですな」

「不審斎よ、両の眼(まなこ)だけで見るのではない。心の目だ、利休のように心の目、狂気の目で見るのだ」

「心の目……でございますか……おおっ!!!」

玉虫色に生首の目が輝く。

「見える……全てが見えまする……なんと……」

「これが利休が会得した茶堂の深奥たる心眼、狂気の視界、魔眼、すなわち威得衆灯(いーえすぴー)よ」

「なるほど、威得衆灯……私の目が今までどれほど曇っていたか……思い知らされまする……ならば」

ゆるりと、茶杓、釜へと手を伸ばす。いや、違う。手を翳しただけだ。それだけで、自然に茶杓が、茶入れが、釜が、宙に浮き動く!なんたるジツか!?驚き肝を冷やす二人、ニヤリとする吉貝。

「流石は不審斎、見事なネンリキよ。威得衆灯のみならず賽吉苦(さいきっく)をも会得したか」

千利休が強大な超能力者であったことは現代ではもはや常識であろう。かれは威得衆灯にて客の気持ちを汲み取り、賽吉苦にて茶事を執り行っていた。あまりに強大な超能力のため、利休自死後にその膨大なエネルギーが行き場を失い、マグニチュード7.7の慶長伏見地震を引き起こしたほどだ。

見よ、不審斎は見事な手際で茶の用意を始めた。それはまるで、茶道具と一体になり、輪舞(ろんど)を踊るかのようであった。

その様を見つつも、徳田は静かに目を瞑り、震えていた。不審斎の死、目の前で行われるこの世のものとは思えぬ光景、溢れる狂気、その全てから目を背けようとしていた。

「このようなもの……茶では……決して、茶では!!!」

ぽろりと、心の声が漏れる。もちろん、それを見逃す吉貝ではない。

「見よ、何故見ぬ!?何故、不審斎末期の茶を受け入れぬ!?茶を修め、茶に生き、茶に狂い、そして間もなく茶に死のうとする男の末期の茶を、何故受け入れてやらぬ!?誰のために奴は命がけで茶を点てている?!全て客であるわし達のためではないか!?わし達が受け止めてやらねば、不審斎は浮かばれぬ!!!成仏できぬ!!!貴様は不審斎を茶の怨霊としたいのか!?」

その声に、はっと徳田は顔をあげる。その瞳は玉虫色に発光していた。

「そうであった……そうであった……不審斎どの、すまぬ……すまぬ……どうぞ末期の茶、一期一会を拙者に、見せてくれい!」

ハチはあちゃーという顔をしている。吉貝の旦那に乗せられた人間は皆こうなるのだ。

だが、静かな笑顔で、不審斎は答えた。

「あい……承りました……では今日の水は……極楽浄土の蓮の池からいただきましょう……」

そういいながら腕が中空に柄杓を差し出すと、空間が捻じ曲がり、丸い穴が開いていく!その中では天女が舞い、蓮の花が開き、仏陀が静かに瞑想している楽土が垣間見えた。

するりと差し出された柄杓に、蓮の花咲く池の水から、この世のものとは思えぬほど清純な水を掬っては茶釜に移しいれる。

「なんと……これは……極楽!?」

「腕を上げたな、不審斎」

「いえいえ、これからでございます。どうぞお楽しみを」

もう片方の手を炭にかざすと、その先に炎が灯る。これぞ茶道の極意・賽吉苦の一つの形、灰炉杵施炭(ぱいろきねしす)。

それだけではない。釜の底の炎から、恐ろしい声が聴こえるではないか。

ザッケンナコラー!!!

スッゾコラー!!!

チェラッコラー!!!

テメッコラー!!!

ドグサレッガー!!!

その声はあまりに恐ろしい怒りの声であった。釜に灯る火はただの炭火ではなく、禍々しく赤黒い火であった。コワイ!!!

「少々火力が……足りませぬでな……八熱地獄の火を……今日は少々お借りいたしました」

その炎は人の罪を焼く地獄の業火、その声は地獄の罪人の悲鳴とそれを責める獄卒の声であったのだ。死にゆく不審斎はその死にかけの身を経由し、狂気と目覚めた超能力によって極楽と地獄に直接空間を繋げてエネルギーや物質を取り出したのだ!!!なんたるワビサビの心か。(正気度チェック1d6/1d10)

「見事。やりおるわ」

「素晴らしい。拙者は……俺は今素晴らしいものを見ている」

正に一期一会。二度とは見られぬ地獄極楽図屏風。吉貝も徳田(狂)も、舌を巻くしかない。ハチは眼前に移る光景に目を疑った。やがて、そのハチですら受け入れざるをえず、やがてハチの目も玉虫色の発光を始めた。

「まだまだでございます。茶の湯にとって、床の間は『正餐の主皿』(メインディッシュ)というもの。茶が入るまで、少しご覧くだされ」

茶道において茶室のインテリアもまたもてなしの一つである。その中でも掛け軸などの床の間は最も重要なものといって差し支えない。

ほんの少しの間、不審斎が瞳を閉じ、生首の額に意識を集中させる。瞬くかのように走る電流、迸るネンリキ、広がるプラズマが床の間に映像を映し出す。

「「「おお、これは……」」」

思わず三人の客は息をのんだ。生首の瞳から光が床の間に映写機のように念写ウキヨエを映し出す。それは数多の見知らぬ人々の光景であった。

狂った若き王天竺へと攻め入る光景。

古き都の外れの丘で一人の狂人が磔の刑に処される光景。

テンサイ軍師が祈り、風を呼び、100万本の矢で繋がれた船団を炎に巻く光景。

西の果てに生まれた大帝東へ攻め入る光景。

源氏の旗を背負った狂人が馬で崖を飛び降りる光景。

十字の軍勢が同胞である美しい都を略奪せしめる光景。

上陸した蒙古の軍勢に多数の騎馬武者が突っ込む光景。

燃える寺で特殊な踊りを舞いながらセプクする大名の光景。

だんだら模様の羽織りを着た殺人集団が宿屋に殴り込みをかける光景。

「この図屏風は一体……」

「はい……極楽浄土の法悦も……鉄囲山より吹く無間地獄の僧佉も……この茶会には役不足、狂気不足でございますゆえ……ここは遊びを加え、我等が歩みし浮世の狂気を……床の間の掛け軸といたしました……」

なんたる狂気か。不審斎の狂気ネンリキが描き飾るは人々の歴史という狂気そのものであった。狂気の前に時間も空間も存在しない。何処であろうと、過去であろうと未来であろうと、狂気の前では隠すことはできぬ。

人は怪力乱神に狂気を見出すに非ず、己の内にこそ狂気を秘め、時に地を焼き、時に天を焦がし、時に人を癒す。利休居士が残したコトワザその通りの図を不審斎は描き切った。いや、これは脳裏に直接焼きつけられたのかもしれぬ。だが、そのような事は主人と客の間ではどちらでも同じことに過ぎぬ。

ゴトリ。キラリ。シャシャシャシャシャ・・・

ゆるりと、どこかから取り出した奇妙な輝く金属の杯に茶を点て始める。

「これは狂える狂人が最期に使った盃にして、西の果ての蛮族刑劉屠(けると)の民が魔法の釜としたものです。今日はこれを茶碗としようと思います」

そういいながら不審斎は茶の入った聖杯を徳田に差し出した。

震える手で、徳田は一口、口をつける。

美味い。先ほどとは驚くほどの味だ。いかなる王侯貴族であろうとこのような茶は飲んだことが無いだろう。それほどの味であった。徳田は静かに、ここに不審斎の一期一会が完成したことを確信した。

「結構なお手前で。そして…」

ゆるりと吉貝に聖杯を回しながら、不審斎の生首に向かって、はっきりと言い切った。

「このよ……徳田芯之介、ここに一期一会、茶の完成を見た。見事……いや、天晴なり不審斎どの。不審斎どのこそ、天下一……いや、この星で最も凄い茶を点てた男、最強の狂人よ!!!」

徳田の瞳から静かに涙が流れた。茶を啜っていた吉貝はニヤリと笑い、ハチは完全に度肝を抜かれていた。

「それを聞けて……嬉しゅうございます……徳田さま、吉貝さま、ハチさま、お付き合いいただきありがとうございます。では、閻魔大王に茶を点てねばなりませぬので、これで……」

そこまで言うと静かに生首の瞳は閉じ、今までネンリキで動いていた不審斎の身体はバタリと倒れた。

「南無阿弥陀仏」

静かに、吉貝は手を合わせた。

終幕

鎌倉から少し西に行った藤沢宿近くの街道を二人の男が歩く。一人は頭巾を被った発狂頭巾・吉貝何某、もう一人は旅装束のハチである。

「いやいや、狂千家も幕府の茶の湯指南役に選ばれ、不審斎めの葬式も無事終わった。めでたいめでたい」

カラカラと笑いながらも歩いていく。ハチは深いため息をついた。

「よくありませんよ。あっしらは江戸から所払い(追放刑)を喰らったんですから!まったく、笑い事じゃねえですよ!」

「なあに、あの茶で所払いとは儲けものよ。このまま、箱根に湯治とでも洒落込むとしようぞ」

「はぁ、まあ本来なら死罪でもおかしくないんではありますがね……早く赦免されるといいんですけどね……」

街道を二人は歩き続けていく。

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