小説「自殺相談所レスト」8-6

自殺相談所レスト 8-6


登場人物
嶺井(ミネイ)リュウ
依藤(ヨトウ)シンショウ
森元(モリモト)カズキ
関(セキ)モモコ
五月女(ソウトメ)チヨ

 チヨの叫び声が聞こえた。

 続いて、『銃弾が落ちる』音。

 目の前には依藤が立っており、呆気に取られている。

「どう、なってんだ……」

 嶺井は、画面越しのチヨに向かって言った。

「大丈夫だよ、僕は生きてる。」

 森元が叫びだした。

「なんだ?何が起こってる?依藤、まさか外したのか?」

 依藤ではなく、嶺井が答えた。

「いや、眉間に命中しましたよ。でも、僕の『力』、『触れたものを殺す力』で、弾丸の勢いを殺したんです。」

「はあ?!」

 依藤がすかさず、立て続けに何発も発砲した。しかし、弾はことごとく『弾速を殺され』、カラカラと音を立てて床に転がった。依藤は高笑いした。

「マジで効かねえ!こいつはすげえぜ!お前ってやつは最高だ!」

 森元が怒鳴り散らした。

「少し黙ってろ依藤!嶺井、ならこうしよう、その『力』とやらで自分自身を殺せ!忘れるなよ、こっちには人質が二人いるんだ!!」

 嶺井は落ち着いて言った。

「よく聞いてください森元さん、僕が次に『力』を使う相手はあなたです。今からそちらに向かいます。」

 画面の向こうの森元の顔が強張った。恐怖したのだ。

「ところで依藤、もう君は満足しただろ?今度は僕の側についてくれないか?」

「ああ、いいぜ。」

 森元が驚いて声を上げた。

「な、依藤お前何を言って、」

「悪いな、森元さん、俺は負けた。」

「依藤!!!」

 森元を無視して、嶺井が画面の向こうの関に話しかけた。

「関、頼みがある。外から部屋の中が見えるようにしてほしい。」

「わかった、嶺井ちゃん。」

「必ず助けるから。」

「やめろお前ら!普通に会話してるんじゃ、」

 依藤が通話を切った。

「うるさいやつだよな……リュウ、立てるか?」

「『力』で出血と痛みを殺したから、なんとか。」

「さすが。電話切ったけど良かったか?」

「ああ。森元さんは相当不安なはずだ。彼らの場所はどこだ?」

「お前の事務所だ。お前を運ぶのに車は乗ってきたからな、今のやつは足がない。」

「どのみち森元さんは身元が割れているから、逃げはしないだろう。人質を盾に僕を迎え撃とうとするはずだ。」

「面白くなってきたな。」

「くそ、着信拒否だと!ふざけやがって!」

 森元はスマホを床にたたきつけた。

 よかった……リュウさんが生きてた。

 それに、必ず助けると言った。嶺井の言葉には、不思議と安心感がある。チヨは急に希望が湧いてきた。

 関が勇敢にも、森元に話しかけた。

「ねえ、もうやめたら?嶺井ちゃんはここに来るよ。森元さんじゃ勝てないでしょ。」

「黙ってろ!!!」

 森元は応接室の中を歩き回り、取り乱して何やら呟いている。

「落ち着け、考えろ……奴らは何故ここに来る?人質を助けるためだ……電話を切ったのは何故だ……情報を断ち、警戒した俺に慎重な判断を採らせるため……慎重な判断とはすなわち、人質の保持だ……」

 チヨは嫌な予感がした。そして予感通り、森元が二人に銃を向けた。

「ならまずは主導権を取る!人質を一人殺して俺が本気だってことを思い知らせてやろう。嶺井への精神攻撃にもなるしな!」

 どうしよう……

「さて、どっちを殺すか……やはり、嶺井にとって重要なのは助手の方か?」

 銃口が関を向いた。関はというと、涼しい顔をしていた。

 なんで……怖くないの?銃向けられてるんだよ、死んじゃうかもしれないんだよ?

「どうした、死ぬのが怖くないのか?」

「別に。私はずっと死にたかったし。」

「なに?」

 どういうこと?

 関が静かに話し出した。

「私ね、パパに犯されてたの。嶺井ちゃんとよとっちゃんが家族を殺して助けてくれたけど、それでも生きたいと死にたいが半々だった。私がここで働いてるのは、安楽死の料金を稼ぐためだし、覚悟はできてるよ。」

 森元は明らかに動揺していた。

 モモコちゃん、前言ってた事情ってそういう……

 チヨは言いようのない、悲しさを覚えた。隣に座っている少女に、深い寂しさを感じた。そして思わず、口を開いていた。

「ねえ、森元、さん……」

 森元と、それから関も、チヨを見た。もう引き下がれない。

「リュウさんにとって重要な方は、人質として生かしておいた方がいいんじゃない?」

 森元が怪訝な顔をした。

「お前が代わりに死にたいってことか?」

「ちがうよ、私は死にたくない……生きて幸せになりたい!」

 本心だった。自分でもこんなことを言うのが驚きだった。

「でも、リュウさんは私のこと大事にしてくれたの!だから、私が死んでもきっとあんたを捕まえてくれる。それがわかってるから、死ぬことを受け入れられる!」

 いつの間にかチヨは叫んでいた。そして奇妙なことに、森元は気圧されていた。

「この、このガキが……」

 その時、遠くから、サイレンが聞こえてきた。その音は次第に、大きくなっている。森元は慌てて窓に向かい、締め切ったブラインドの隙間から外を確認した。

「なんだと!嶺井の奴!警察を呼んだのか?!ここは、自殺相談所だぞ?!」

 続いて笑い出した。

「なるほど捨て身の策だな嶺井!やるじゃないか!ならこちらも作戦変更だ!」

 そして事務室の中へと消えていった。関がチヨを見た。

「チヨちゃん、助けてくれてありがとう。」

 チヨは少し恥ずかしくなった。

「いや、別に……でもなんで、私を撃たなかったんだろう。」

「多分、アカネさんを思い出したんじゃない?」

「え?」

「死ぬの怖い、生きて幸せになりたいって言葉、嶺井ちゃんの依頼人でそれ言う人多いから……」

「そう、なんだ……」

「あ、そうだ、チヨちゃん、そろそろ縄が解けるよ。」

 関は既に足の縄を緩めにかかっていた。

「え、すごい、なんで?」

「よとっちゃんから色々教わってるからね。チヨちゃんのも解くから、やってほしいことがあるの。」

「何?」

「私が合図したら、窓のブラインドを開けて。」

「ブラインド?」

「嶺井ちゃんが言ってたでしょ?中が見えるようにしてくれって。」

 逃げないの……?

 事務所の入り口にカギはかかっていない。縄が解けたなら、逃げることもできるはずだ。しかし関はそうせず、嶺井の指示を実行しようとしていた。

 モモコちゃんも信じてるんだ、リュウさんのこと……

「わかった。」

 チヨは力強く答えた。

「内緒話は済んだか?」

 いつの間にか森元が戻ってきていた。手にポリタンクを持っているのが気になる。だがそれ以上に気になるのが、森元の表情だった。興奮したような笑顔だ。先ほどまで見せていた迷いが消えているとはっきりわかった。チヨは思わず聞いていた。

「何する気?」

「いい質問だ。」

 そう言うなり森元はポリタンクの中身をばらまき始めた。鼻を突く灯油の匂いがした。

 え、これって……

「超能力の仕組みは分からんが、弾丸の勢いを殺せるなら炎の勢いも殺せるはずだ。なら嶺井は必ず、お前たちを火の手から守ることを優先するだろう……その間、銃弾を防ぐ余裕はあるかな?」

「そんなの、わからないじゃん!」

「ああ、だからこれは賭けだ……へたすれば俺も焼け死ぬ。だが、奴は捨て身の策を使った、俺も捨て身にならなきゃなあ……」

 森元は空になったポリタンクを投げ捨てると、ポケットからライターを取り出し、火を点けた。

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