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俺のことを好きな俺は俺じゃない

 俺はもう一人の俺を押し込めて、目の前にいる女子に向かってこう答えた。
「いいよ、付き合おう。」
 そうして手を差し伸ばした。目の前にいる女子、吉田さんはうつむき加減で恥ずかしそうにしながら差し伸ばした手を握り締めた。
 気持ち悪いな。と、応えた俺は思った。もう一人の俺が俺の意思を破ろうと暴れまわっている。大人しいもう一人の俺、西がこんなに暴れるなんて久しぶりで俺には愛おしく感じてしまった。好きだったんだな吉田さんのこと。
「ねぇ東君なんでしょ。あの時私のこと助けてくれたの。それから私、東くんのことが気になって。」
 吉田さんは俺の手を弱弱しく握り締めながら確認するように俺に問いかけた。
「そうだよ。」
 俺は当然のごとく嘘をついた。吉田さんを救ったのは俺ではない、西である。
「やっぱり、東君って西君と違うよね。あ、ごめん。西君気にしてるかな?」
 俺を押しのける力ががっくりとうなだれるように力が落ちた。俺の体を抱きしめて滑り落ちるようにずるずると落ちていくのが分かった。
「西なら寝てるから大丈夫だよ。」
 俺は吉田さんにそう言って笑いかけた。嘘の笑い顔だけれど、吉田さんは嬉しそうだった。気味が悪かった。
 その笑顔を西に向けるな。
 吉田さんとはそのあと三か月くらい付き合った後に適当な言い訳をして別れた。高校二年生の夏の頃であった。
 
 俺は二人いた。昔は一人の別の男、岳人という男が居たがその男の心が死に、俺こと東ともう一人の俺こと西が生まれた。忘れもしない中学一年生の冬だった。凍てつくような部屋の寒さの中で暖房をつけずに両親が愛し合うようにしながらお互いを殴り合って、結局力の数段に強い父親が母親を半殺しにした。その時に岳人と言う男は死んで、西と東が生まれた。
 名前はどうでもよかった。ただ二人を区別する必要があると西が必要に言うから死ぬ前の男の名前が方角みたいだったから東と西に分かれた。
 俺たちは二重人格と呼ばれるやつだった。東の俺としては一人の体の中にある部屋に二人が住んでいるという感覚に近いので、本来一つであるものを二つであることに違和感を覚えるような二重という言葉はあまり好きではない。
 西の俺も大体同じであるが、双子のようなものではないかと考えており二人は別々だと考えている。
「なんで吉田さんを振ったんだ」
 無秩序に散らかった部屋で一人の男は頭をかきむしる。東が西向かって問いかけているのである。
「なんで嘘ついたんだよ。あれは、後の時助けたのは俺だ。東じゃない。」
 かきむしる右手を左手で抑え込むようにして東は西をなだめる。
「だって助けるなんて、西のキャラじゃないだろ?明るいのは俺、東なんだから。西がそんなことしたなんて知ったらまた俺たちの区別がつかなくなるじゃないか。」
 手が動かなくなったのを諦め男は全身をばたつかせる。いくら大きな音を立てても広い部屋には男が一人しかいない。
「百歩譲って、東が助けたってことにしていい。だからって吉田さんを振る理由にはならなったはずだろ。」
 男のしゃべる声は、同じ声色のはずなのに抑揚が全く違った。
「だってそしたら俺がいつか吉田さんと肉体関係を持つことになるだろう。実際的な行為じゃなくて、手を繋いだり、キスをすることも充分肉体関係になるはずだ。それは嫌なんだよ。」
 男は自分の体を抱きしめる。しかし体自体は抵抗するように動いている、さながら金縛りにあっているようだった。
「俺は西のことが好きだ。西に近づくやつが本当は全員嫌いだ。でもそれだと西が困るからさ。」
 男は右手の親指を自分の口の中に入れた。その入れた親指を男が噛んだ。親指には男の歯形がくっきりとついた。
「そんなこと続くわけがないだろ。」
 西は東に向かって語りかける。しかし、その口元は引きつったようにゆがんだようにいる。口元の笑いは西と東がせめぎ合った結果である。綺麗に整った顔は痙攣したように歪んでおり普段東と西が人前に見せる顔ではなかった。
「出来るって、西、俺は本気だ。」

 本気で愛している。

男は空を見つめてはっきりとそういった。
男たちの関係はまだまだ終わらない。

続く……かも……??

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