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トキオのアイス

トキオの頭 ひかる ひかる
トキオの頭 ひかる ヤッホー

小学校の頃、学内で「この山光る」の替え歌がどこからともなく口伝えで流行していた。
ただしい歌詞は、

この山光る ホラヒ ホラホ
あの山わらう ホラヒ ヤッホー


なので、トキオ先生の頭部の輝きに着目された替え歌であるとご理解頂きたい。

さて、小学校の先生というのは生徒の中で密かにレベルづけされているものである。
それは知識の幅や学歴ではなく「恐怖レベル」というものだ。
ふざけたらすかさず拳で教育するか、親に不出来を都度ちくるか、ちいさなふたつのまなこでじっと教師を観察しているのである。

トキオ先生の恐怖レベルといえば、最弱であった。

いつもへらへらと笑って毛のない頭をかいて、職員室ではぷかぷかとタバコを吸う。
なんでも仕事が終わったら学校の300メートル先にある居酒屋『みよし』で一杯引っ掛けているという噂も出回っていた。
みんなはトキオのあまり良くない噂を耳にするたびに「それは実にトキオらしい」と笑顔で頷くものだった。

ところで生徒が先生を呼ぶときには「○○先生」と呼びかけるのが通常だろう。
しかしトキオ先生に対して生徒は「トキオ!」とか「トキオちゃん!」と呼んでいた。
「おーい、ちゃんと先生ってつけろよ」と一応は先生らしく返しつつもさほど気にしていない様子のトキオ先生であった。

トキオ(敬意を込めて)が生徒から慕われる理由はもうひとつある。
掃除の時間、理科室の清掃が終わり、班長が気をつけをして「トキオ先生(ここは先生とつける)掃除、終わりました!」と報告をする。そして班長の顔がにやにや、班のみんなもどことなくもじもじする。

彼らの目的を察したトキオが理科室を一通り眺めるとニッと笑ってから
「お疲れ、あっちの冷凍庫のアイス食えよ」
と準備室を親指で指差す。

生徒はわっと声を上げて理科準備室の冷凍庫の扉を開け、試験管立を見つけるとさっそく流し場へと持って行く。
オレンジ色に凍った試験管には、それぞれに割り箸が突き立てられている。
トキオ特製の試験管アイスキャンディーだ。
蛇口をひねって試験管に水を流せばしばらくしてスポンとアイスキャンディーが抜け出る。生徒たちはこのご褒美がうれしくてしょうがない。

へらへらして、飲兵衛なトキオは生徒に舐められ、同時に生徒にとても愛されていた。

あれから30年近く経ったけれど、今もトキオ先生はお元気でいらっしゃいますか。
わたしはあなたの教え子ではなかったけれど、良い先生だったなあってたまに思い出したりしています。



※この物語は事実にフィクションを混ぜこぜにして作ってあります。記憶は曖昧。


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