【掌編小説】ラジオネーム、毒と呪いガール

「俺、結婚して寿司屋を開くことにしたから」

彼は寿司屋で頭にねじり鉢巻を締めた姿でにかっと笑った。
カウンターの奥にはふっくらした体型で
やわらかい笑顔が印象的な彼の奥さんが一歩引いた感じで立っていた。
なんて、おぞましい夢だ。

今朝の夢。
彼は前々から結婚願望はないと周囲に断言していた。
リアルで女遊びが手慣れているボーイで、しかし夢の中の女は彼が好きそうな女ではなかった。
野暮ったくて彼の趣味じゃないだろうなという感じ。

現実の彼と夢の彼の姿はまったく違っていたのに、はっきりと彼だと認識していたのはきっと夢あるあるだよね。

胸がゾワゾワした。
っていうかなんで寿司屋?
そっち系の学校出てないじゃん。
アパレル関係じゃなくて?

こういう夢を見るとき、彼に彼女ができる予兆なのかと思って、少しだけ哀しい。
そんなの、いつ彼女ができたっておかしくないし、私が口を出す問題ではまったくないはずなのに、どこか寂しい。

以前、彼が好きな人が出来たんだよねと浮かれポンチになった夢を見たとき、ショックのあまり、夢の中で貧血を起こしそうになった。

こいつ……浮かれてやがる。

そして、彼と彼女は幸せそうに、回転寿司のカウンターに並んで座り、カウンターの下で手を繋いでイチャコラしている夢だった。
ザワザワザワザワする。カイジかよ。
浮かれやがってこんチクショー。

前回に引き続き、私の夢の寿司屋率、高くない?

こんな時には夢占いに頼ろう。深層心理を探るのだ。
スマホで夢占いのサイトにアクセスする。

「あなたを振った彼が夢にでるのは、
あなたが彼をまだ引きずっているからです」

……いやそれ夢占い違うでしょ。

「驚異の復縁率!詳しくはこちら」

別に復縁したいわけじゃねえんだわ。
そうなんだよ、復縁は、特に、もう別に。

だけどいつまでもこびりついて鬱陶しいのは本当で、激落ちくんで隅々まで彼の残骸を綺麗にできるものならしてみたいよ。
もしかしてこれなんかの呪い? 私呪われてるの?
どおりで最近右肩が痛いわけだ。

現在、私の脳内メーカーの半分以上は隣に眠る横山くんで占めているけど、
ほんのちょっとだけ彼が脳にステイしている。シェア率は微々たるものだけど長々ホームステイしていて大変迷惑だ。
いい加減ビザ切れてるから退去命令発動しているのに、頑として出国しない。

はあ。
私が横たわるシングルベッドの隣には横山くんがよだれを垂らしながら幸せそうに寝ている。
ぷ。あ、横山くんがおならした。
あとでからかってやろう。

スマホを置いて、私の両手をまじまじと見ると、それぞれの手に中指の付け根から垂直に線が一本はっきりと伸びている。
努力線というらしい。
数年前までにはなかったのに、ある日気づいたら出現した。
単に気づかなかっただけかもだけど。

忘れる努力ってどうしたらいい?
横山くんは好きだけど、朝起きた瞬間に、
彼のbotがおはようって言ってくるんだよ脳内に。
寝る前に横山くんにLINEを送ったあと、脳内で、彼が笑ってる写真が送られてくるんだよ。
おかしいな、おかしいな。怖いなあ、怖いなあ。

精一杯のできる手立てとして
彼との導線は全部断ち切った。
LINEもツイッターもブロック済み。
彼と仲良い子には、彼のこと苦手なんだよねとほのかに匂わせた。完璧。
どうせあっちだって私のことキショがってブロックだのミュートだのしてると思うし。
悪口バンバン言われていたりしてね。
私は彼の悪口言わないけど。絶対に言わないけど。
それは、それだけあなたを好きだったからだよ。

それよりも謝らなきゃいけないのは横山くんにだよね。
不誠実でごめんね。

「もうたべられにゃい」

横山くん、腹ペコキャラの寝言そのままにいうとかあざとすぎるよ、苦しゅうないよ。

もう一度スマホを取って、radikoを起動する。
そろそろ今日の運勢のコーナーだから。
私も彼も横山くんもさそり座だ。
世界はさそりの毒でまみれている。

「さそり座の今日の運勢は、
気持ちを大切にすると吉です! 」

おおゴッド、
想いが錯綜しているのですけど、どの気持ちを大事にしたらいいのでしょうか?
ラジオネーム、毒と呪いガール。

【対になる話】
【掌編小説】僕のいとしのミーちゃん


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