2024.4.15(月) 信頼あってこそ、ありのままでいられる 自分がどう解釈するか どう感じるかは自分で選ぶ

大丈夫かな無理してないかなと 心配していたけれど、杞憂だったみたいだ。彼女はとても強かに なによりも 「頑張りたい」という自分の気持ちにすなおに、「でも無理はしたくない」という自分の調子をみながら、今を生きている。そっと見守っていこうと思うし、何かがあった時にSOSを遠慮なく出して貰えるような立ち位置でありたいな。

喫茶キンモクセイに行く予定だったけれど、臨時休業とのことで茶華小へ。私の大好きなお店だから、連れて行けるのがうれしい。そしてわたしおすすめのハーブティーを頼んでくれたことも。

お店の方に先日のハーブ受け取り忘れ事件についてお礼を言う。「わたしがおっちょこちょいしてしまって……」と言うと、「シュクレさんも中々のおっちょこちょいだからね」と返ってきた。あ、そうなんだ……。

わたしはチーズケーキと、アイスラテフロートを注文。
自家製バニラアイスがつけられるのを、彼女が気づいてくれた。つめたい飲み物が美味しい季節……!

そのあとはお喋りをしながら可児無印に行って、わたしのバイトのメモ帳とか、買い物に付き合ってもらって。本をみて。またお喋りして。

 話す時、彼女へは全力でわたしを出せているかんじがする。
何かを遠慮したり、変換したりする作業がとても少ない。それは彼女がわたしのそのままのことばひとつから、10も20も感じ取って、自分なりに解釈 飲み込んだ上で またそれらをことばにして返してくれる、わたしはそんな彼女を信頼しているのだと思う。これも、頻繁にでは無いとしても、濃い時間を長い期間をかけて共有できてきたからこそだよね。ありがたいことだなあ……。

これはあくまでわたしの考えだけれど、どれだけ過去相手のことがわかっていたとしても、それはその時のその人だから、刻一刻と変わる それは、会っていなかったり話していなかったりして、相手の内側の変化に気づけずに 長い期間が経とうとしているとき、そしてそんな期間を経てまた再会するとき、わたしはまっさらな気持ちで相手と対峙している。それは、自分と相手の尊厳を守ることに繋がる気がして。

すぐに次の予定も決まってうれしいな……しかも本のイベント!誰かと行きたいと思っていた と 彼女が言ったそのとき、その 誰か にわたしを選んでくれて、本当にうれしいなぁと思った。例えば友人であれ恋人であれ家族であれ、関係性の中で「わたしはこの人に選ばれて当然」と思うより「選んでくれてありがとう」と思った方が ちょっと柔らかくなると思うんだ。そういう豊かさって、自分で選べる。自分がそれをどう解釈するか どう感じるかは 実は選べるの。だから わたしは、わたしたちがよりやさしくなれる方を常に選びたい。

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