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わたしの本棚26夜~「さざなみのよる」

☆さざなみのよる 木皿泉著(河出書房新社)1400円+税

 小国ナスミ、享年43歳。癌でなくなる前後の彼女自身、彼女の身内、友人、少しだけ人生をともにした人たち、の目を通して、ナスミの死というものが描かれます。14話からなる話は、どれもふっと涙腺の緩むもので、市井の平凡な女性にすぎないナスミの生き方が、周りの人に、希望や勇気を与えるさまは、さざなみのように広がっていきます。

とにかくセリフがいい。何気ない日常で交わされる会話から、人生訓を含んだものまで。とても簡単だけれど、エピソードと相まって、すとんと心に沁みます。「おんばらざらだるまきりくそわか(生きとし生けるものが幸せでありますように、という千手観音の真言)・第3話」「本当に大切なものを失ったときって、泣けないんじゃないかな・第6話」「でも、歩いていかなきゃなんないんだあ、人生は・第6話」「よいことも悪いことも受けとめて、最善をつくすッ・第7話」「お金にかえられないような、そんな仕事するんだよ。みんなが喜ぶような、読んだ人が明日もがんばろうって思うようなさ、そういう本をつくりなよ・第8話」「あげたり、もらったり、そういうものを繰り返しながら、生きてゆくんだ、わたしは。・第8話」「誰かが、私にもどりたいって思ってくれるような、そんな人になりたいの・第9話」「こんなことに意味があるのかって思ってるんだろう。でもな、世の中にはこういうこともあるんだ。第10話」「人生に取り返しのつかないことってないのね・第14話」などなど。

 特にわたしが好きな話は、第7話です。ナスミは6歳のころ、借金に困った見知らぬ男に誘拐されそうなり、その男に、癌で入院中の病院で偶然、再会します。「どうして殺さなかったのか」と尋ねたナスミを前にして、男は逃げてしまうのですが、後日、看護師を通して、謝罪の手紙を送ってきます。その手紙が素晴らしいです。「あなたには、これから何人も何人も会う人がいて、あなたと別れを告げる人がそれと同じ数だけいるんだなと思ったのです」手紙の一節であるこの文章は、この本のテーマを端的に表しているようで、人は出会い、別れていく。人生はその繰り返しだけなのに、どうして、こんなにも喜んだり、悲しんだりするものなのでしょうか。宿り、去って、やがてまたやってくる。辛いことも悲しいこともさざなみのようにやってくるけれど、ナスミのようにガハハって笑いとばして生きていこう、って思ってしまう、人生の哀切を気づかせてくれ、応援してくれるような小説でした。

#読書の秋2020 #さざなみのよる #木皿泉 #河出書房新社  


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