わたしの本棚126夜~「人は、なぜ他人を許せないのか?」
面白かったです。「許せない自分を理解し、人を許せるようになるために」とはじめにに書かれている命題を、中野信子さんが脳科学の見地、自身の体験を交えて読みといていく本書、正義中毒が横行する世の中に清涼剤のように一服を盛ってくれました。
☆人は、なぜ他人を許せないのか? 中野信子著 アスコム社 1200円+税
人の脳は、裏切り者や、社会のルールから外れた人といったわかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできているという事実。脳科学で解明すると、他人に正義の制裁を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せにくくなってしまい、罰する対象を探し求め、人を許せないようになるそうです。なるほど、そうだったのか、と納得です。
この現象、正義の制裁にとどまらず、自分の考えが正しいと思っている人は、とかく他人を批判しやすいことに繋がると思いました。中野信子さんも書かれていますが、自己承認欲求の強い人に陥りやすいそう現象だそうです。自分が上手い(正しい、できる)と思っているから、下手な(正しくない、できない)人を攻撃しやすくなるのは、一方で、自分が認められたい(上手い、正しい、できると褒められたい)から起こる現象でもある、と。
脳の仕組みがわかると、怒っている人をみる観方や自分が怒りだしそうになるとき、少し遠くから観れるようにもなれそうです。本では4章に分けて、いろんな角度から考察しています。
1.ネット時代の正義ー他人をつるし上げる悦び
SNSが隠れていた争いを見える化した、など、インターネット上のトラブルを主としてあげています。正義中毒は人間の宿命でもあり、と温かい視線で、中野さんは、人間の愚かさを指摘してくれます。
わたしが印象的だったのは、ウサギの大脳は、正義中毒を起こすには小さすぎ、人間のように正邪を基準とした行動をとらないこと。なぜ生まれたのかという悩むことも死の恐怖もなく、ひたすら草を食べ、子を産み育てる。このループを一生繰りかえすだけ。人間はウサギと同じ行動をする脳のまわりに、大脳皮質と呼ばれる思考を司る部分が増設されたため、考えるようになったそうです。知性があるからこそ愚かさがあり、といった中野さんの文章、人間が愛しく思えてしまいました。
2.日本社会の特殊性と「正義」の関係
日本人は摩擦を恐れるあまり、自分の主張を控え、集団の和を乱すことを極力回避する傾向の強い人たち、だという。中野さんのフランスでの研究成果、アイヒマン実験での服従の心理、アメリカ社会との比較、議論をしない日本人など、島国である地理的要因も考慮しながら、日本人と正義の関係を、説明してくれます。日ごろ感じていた内容が多々あり、共感の多い章でした。
3.なぜ、人は人を許せなくなってしまうのか
この章で、面白かった考察は、「加齢が脳を保守化させる」ところです。
どのような相手をも人間として尊重し、認めていく機能は、とても高度なもので、前頭葉の眼窩前頭皮質で行われているそうです。ここは、30歳ぐらいにならないと成熟せず、教育が必要で、アルコール摂取や睡眠不足で衰えたり、加齢とともに老化するという。いわゆる、自分の考えに固執する「キレる老人」は、前頭葉の背外側前頭野の衰えによっておこるそうです。理性は直感に勝てない、脳は前頭前葉に従いすぎないように、すなわち、賢くなりすぎないようにもできているそうです。こういった脳の仕組みは、人間の愚かさにもつながり、完璧な人がいないように、なんか人間っていいなあ、と思ってしまいました。
4、正義中毒から自分を解放する
あとがきで、ジェーン・スーさんから「中野さんの本には解決策がない」と指摘されたとあるように、明確な答えはないですが、この本のなかにはヒントはたくさんありました。そして、正義中毒を乗り越えるカギは、メタ認知であり、いい出会いがメタ認知を育てる・・・という考察はとても重要だなあ、と思いました。人間の脳には生得説もありますが、中野さん自身の考えは、環境は一層大切だとのこと。同感です。
きのう、久しぶりに脚本を書く友人と会食しました。彼女とオムライスを食べながら、映画のことを話していて、やはり、映画人はリベラルな人多いね、と。多様性を認める彼女の考え、聞いていて、楽しかったです。正義中毒は日本人に起こりやすい現象であり、この本では解放するヒントをたくさんもらいました。一方で、友人とああでもないこうでもないといろんな事象を話すのは小さな幸せの時間でもありました。いろんな観方を学べました。
結局は、本書で伝えたいのは、人間が好きで、考えることは楽しいという中野信子さんの思い。人間は不完全なものであるという思い。読後感が、人間が愛しくなれる爽やかな一冊でした。
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