お芝居を何度も見るということ

もうすぐ、楽しみにしていたお芝居が始まる。東京と新潟と兵庫、3箇所に渡って一ヶ月弱の長い興行が始まる。仕事の都合がつく限り、できるだけ劇場に通いたい。叶うことなら全公演見たいけど、働いてる身では流石に無理なので、行ける範囲で劇場に駆けつけるつもりです。

もしあなたのご贔屓が、生の舞台に立っていて、それを見に行ける環境があるのなら、それはもう万難を排してでも観に行って欲しい。そんな機会はそうそうあるものではなく、そしてそれは実に得難い経験だから。映画やドラマは私達の元に届けられたときには既に完成されています。私達が内容に関われる余地はまったくない。だけどお芝居は違います。よく言われることですが、芝居というのは観客が入ることで初めて完成するのです。その日の観客によってお芝居がまったく変わってしまうこともよくあります。どんな大きな劇場のどんな隅っこの席にいたって、生で、その空間でお芝居を見ている以上、あなたはその芝居の一部なのです。それって凄いことではありませんか?あなたの反応がお芝居を変えてしまうことだってあるのです。(裏を返せばお芝居を台無しにしてしまう危険性も孕んでいます。怖ろしいですね。スマホ・携帯・アラーム付き時計は必ず切りましょう)

普段お芝居をあまり見ない、全然見ないという人から時々聞かれることがあります。なぜ同じお芝居を何度も見るの?と。その答えは簡単で、同じお芝居というのは1回もないからです。
同じ役者が、同じ台詞を喋っていても、まったく違って聞こえるなんてざらです。劇場が違えば違うお芝居だし、同じハコでも日によって回によってお芝居は違うのです。初日から千秋楽まで、お芝居がどんどん変化していくのを目の当たりにするのは本当に楽しいし、時には演出も、台詞まで変わってしまうことだってあります。もちろん初日から楽まで安定して同じクオリティのブレない芝居を続ける役者さんもたくさんいます。それでも同じ芝居なんてただの一度もないのです。
できることなら全部の回を見たい…!それが叶わないならせめて各劇場で一回ずつ…期間の長い公演なら初日、楽、中日近くと3回は見たい…!難しいなぁ。でも見たいなぁ。ファンというものは強欲です。


私は贔屓の出る映画はできるだけ映画館で見ることにしているけれど、それも大体1回、多くても2回です。かなり好きな映画なら二番館でかかればそこでもう1回見ることもある。興行成績に貢献したければ3回、4回と見に行くのもいいでしょう。でも生のお芝居は本当にできることなら毎回、全部の回を見たい!それが本音です。生のお芝居にはそういう魅力と魔力があります。敷居が高いなぁ、とか、舞台中継あるし…いずれテレビでも放映されるならわざわざ行かなくてもいいかなぁ…そんな風に思っている人がいたら、騙されたと思ってぜひ劇場に足を運んでほしいです。舞台から、劇場中から発せられる熱意の波を浴びてほしい。時としてすべてのピースがぴたりとはまって劇場中がひとつになっておおきなうねりのような感動が押し寄せてくることがあります。もうなにものにも替えがたい、舞台を見る愉しみがそこにあります。あの体験を又したくて、何度も劇場に足を運んでしまう。それが生のお芝居の力です。

あとこれは極私的な楽しみではありますが、生で見るということは見たいものだけをずーっと見ていることができるのです。素晴らしい。テレビでもライビュでもできないことです。どれだけ中心から離れていても舞台の隅や奥の方〜の暗がりにいようとも、好きな人だけをずうっと追い続けることができる。楽しいです。主役級じゃない人のファン、という人には視野角が広くて視界が明るいオペラグラスをおすすめします。今日はこの人!と決めてずっと追っかけるのも楽しいです。

一人でも多くの人に生舞台の魅力を味わってほしいなぁ。楽しいよ。おすすめです。

思いが色々あふれそうなので綴ってみました。

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