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これからとこれまで


大好きな人とロゼ一本開けた後に新幹線の中でほろ酔いのままかく

高一で知り合って10年
10年…
何が変わったのか何が変わってないのか変わる事が良いことなのか
変わるって何なのかわかんないけど
私たちが今も一緒にいることがすべてだと思う

劣等感に苛まれて、やるせなさに呆れて、
生き甲斐もなく諦めと歩んできた人生の中で、
今日みたいな一日に支えられてきた

今日みたいな一日っていうのは、何気なく発する言葉が同じだったり、どう思われるか気にせず考えた事を口に出せたり、当たり前のように手を繋ぐ一日のこと

八方美人で誰にでも良い顔する癖のある私が、
1人でいるみたいに2人でいれる一日

私があなたの身体であり、それでもってあなたが私の身体で精神で心でよすがである




死にたい時に踏み留まれる理由である人が一人いるだけでまだ人生を続けていけるなら、他の人間と出会う意味はありますか?

意味もなく勝手に傷ついて、傷が癒えるまでにまた傷つけられて、そんな事に気付かない人間達の中で、そんな事を話しても理解する気のない人間達の中で、どこの誰と分かり合えばいいのですか?

相手に分かってほしいと思う気持ちと相反してどうせ分かってくれないと考えてしまう自分が嫌になる事もある

相手を分かりたいと思う気持ちと相反してどうせ分かりえないだろうと考えてしまう自分が嫌になる事もある

それでも26年生きてきて、分かってくれる人と分かる事ができる人に何とかして出逢い今日まで生き延びてきた

「生き延びてきた」
私の人生そんな感じだなあ
今生きているというよりは今日も生き延びてしまったという感じ、生きたいと願うよりも死にたいと願い続けている、いつか死ぬ為に生き延びてしまっている

自分を卑下しながら生活する事で外界と遮断して守れている何かがある
そのくせ変なプライドがあって、自意識が高い故に、社会に放り出されると訳の分からない言葉に殴られて傷つく

同年代の人間を見ていると無意識に傷ついている
誰も私を傷つけようとしている訳ではないはずなのに
溝を埋めようとするけど埋まらない
こんなにも溝が深くなってしまったのはなぜ?

思いやりも優しさも温かさも忘れられた世界で
何に希望をもって生きているのですか?
厳しさと冷たさと疎外感に恐れおののき
どうやって生きていくのですか?

26歳はこの問いに向き合いたい
生きる理由とたくさん出会って自分を好きになりたい
好きになれる自分と生きていきたい
今までと違う形で自分の事を守れるようになりたい

なんて他人事のように考えながら書いてみる


今、啓蒙している作家さんの文章にタイミング良く
誕生日に出会ってしまったので下記に記す

きっと私も、無自覚にあらゆる人を傷つけてきた。
差別や悪意以前に、存在するだけで、誰かを愛したり、誰か生理的に嫌悪したり、誰かに対し個人的な感情を抱くだけで、常に何かに傷つき、何かを傷つけて生きている。
生きているだけで、何かに何かの感情を持っただけで、何かに傷つき、何かを傷つけてしまうその世界自体が、もはや私には許容し難い。


皆私のことを嫌いになる。いつか見捨てられる。この確信がいつから芽生えたのか分からない。この歳まで誰かにいじめられたり手ひどく裏切られたり見捨てられたこともない。それなのにこの確信があるのは、私自身が自分を嫌いで、見捨てたいと願っているからなのだろうか。
今周りにいる人々は、常に自分を好きでいてくれる人ばかりだ。それなのに生きていることに激しい罪悪感がある。払拭できない覆せない罪悪感がある。生きているだけで何かの害悪でしかありえないだろうという確信がある。善悪の境目すら把握していないのに、ただ自分が害悪であるという確信だけがある。もっと自分に強固な理性があれば、こんなことにはならなかったのだろうか。


瞬間的な心の充足ではなく、恒常的な魂の充足などあり得るのだろうか。そんなものはこの世に存在せず、間を持たせたり凌いだりして、人生は紡がれていくものなのではないだろうか。全てがまやかしで、全てが退屈しのぎ、退屈しのぎに病み、依存できる何かを探し求め、依存した暁には依存に病む。これまでもこれからもそれ以上の人生を送れる気がしない。


かつて完成された一つの実として存在していた誰かへの思いは、時間や言葉や熱の蓄積の中で誰にも気づけない、日常に溶け込んだ記憶にも残らない静電気のようなきっかけから僅かずつ形を崩し、蝕まれ、腐っていく。この悲しみは関係の終焉や喪失に対するものではなく、実が熟れ無残に腐る、花が咲いて枯れる、人が生まれて死ぬ、そういう不可逆な変化を伴ってこの現実を生きることへの悲しみなのかもしれない。

パリの砂漠、東京の蜃気楼 / 金原ひとみ


今日まで考えていた事、ちょうど今日考えたことが
自分では言葉にできなかった

気持ちを言葉にできるような生活を送っていきたい
考えるだけでなくて言葉にしていきたい
誰かに届けたい
大切な人を言葉で守りたい
物理的な行動よりも優しい言葉で人を守っていける人になりたい

何よりも言葉に救われてきた私だからこそ
言葉の力を繋げていきたい


26歳もっとたくさん本を読んで
映画もたくさん観て
いろんな音楽を聴いて
インプットだけじゃなくてアウトプットしていきます



おわり

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