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紅しょうが散乱事件

あなたは紅しょうがが弾け散るのを見たことがあるだろうか。

この文章を打っている今、「紅しょうがが弾け散るってどゆこと。」と言いたげなあなたの顔が、ありありと浮かぶ。それはもう4Kテレビくらいクリアに浮かぶ。

事件は、牛丼チェーン店「松屋」でおきた。


ひとつ伝えておきたいのだが、わたしは牛丼が大好物である。「あー、この辺牛丼屋しかないよー。いい?牛丼で。」と言われようものなら、むしろ牛丼屋を妥協案みたいな言い方しないでほしいと言い返したい。言い返さないけど。

だからその日も、食べたい気持ちが先行しすぎて、マイケル・ジャクソンのスムーズクリミナルくらい前のめりで松屋のドアをくぐった。

券売機で迷うことなく松屋のランチセットを押す。牛丼(並)+サラダ+味噌汁+たまごで500円である。財布にやさしい。栄養バランスも完璧。

券を持って「ふう」と席に座った瞬間にピンポーンとお呼び出し音が鳴る。早い。早すぎる。もはやスクワット。なるほど、そうやってカロリーを消費させてから、牛丼を食べてもらおうという魂胆か。栄養管理と体重管理もしてくれるなんて、もはやパーソナルトレーナー。


牛丼にはいつも紅しょうがをのせる。あと、松屋の場合はほんの少しだけ机に備え付けられているバーベキューソースをかける。これ、美味しいので是非やってみてください。

いつもと同じように容器のフタを開け、トングを手に取り、紅しょうがをつかむ。

…しかし、ここからが、いつもと同じではなかった。

人間の指先は、想像以上に感度が高い。小学生の頃、指先だけでサッカー日本代表チップスのレアカードを引き当てる神技をもつ友人がいたのを思い出した(本当はカードを執拗に触るのはダメですね。売り物ですから。買う前ですから)。指先は、ささいな変化や違和感を決して逃さない。

この時、紅しょうがのトングをもつ指先に、確かに違和感があった。何かおかしいなと、いつもと違うなと、そんなソワソワ感をわたしの指先は確かに感じとっていた。

しかし、今のわたしは早く牛丼食べたい!牛丼かきこみてえ!という牛丼欲の化身だ。そんなささいな違和感に構っている暇はない。この違和感は、おそらく勘違いだ。違和感を無視したまま紅しょうがを牛丼に乗せようと手を動かした。

そして次の瞬間、トングがねじれ弾けた。

トングがねじれ弾けるって、つまりはこういうこと。


トングのねじれによって回転をかけられた紅しょうがたちは、思い思いの場所へと飛んでいく。ものすごい勢いで四方八方に散っていった紅しょうが。ここまで、トングを持って約1秒。

予想外すぎることが起きると、人は動けなくなる。何もないトングを持ったまま硬直。その時間が永遠に感じられた。机には咲き誇る、紅色のしょうがたち。

刹那の出来事すぎて状況が理解できていないが、このままでは「あいつ、紅しょうが弾け散らしてるよ。紅しょうが散乱男。」と思われる。SNSで拡散されて、次の日のYahoo!ニューストップになったら不名誉な有名人になってしまう。急いで机をふきふき。備え付けのアルコールでもふきふき。


そんなに力強くトングを握った覚えもないのに、なぜあんなに反発力を持っていたのか。

おそらく、そもそもトングが曲がっていたのだろう。あの時感じたソワソワは、この曲がりによる不安定さだったのだと思う。

きっと、フライパンを持つとひねりたくなっちゃうボブ・サップみたいな、スプーンを持つと曲げたくなっちゃうユリ・ゲラーみたいな、そういうお客さんがトングを握ったに違いない。そう思おう。思わせてくれ。

みなさんも、紅しょうがトングのねじれには、ご注意あれ。

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