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このまま世界が終わればいいのに【2】

文月と出会ったのはもう2年も前だった。僕がたまたま残業のせいで終電を逃してしまい、タクシーを探していた時に
「お兄さん、何してるの?暇なの?」
と、やけに明るい口調で女の子に声をかけられた。派手なその子の身なりを見て、今どきの若い子そのものだと思いつつも
「終電逃してね。タクシー探してるんだけど。」
と答えると、女の子は僕の手を掴んでから、そっと耳元で
「安くするよ?ちょっと寄っていこうよ?」
と囁いた。
「それって…僕が君を買うってこと、だよね?」
すると女の子はとびっきりに可愛らしい笑顔になって、
「そういうこと!私も終電逃しちゃって…困ってるの。何ならホテル代出してくれるだけでもいいよ。一緒に行こ?」
と僕の腕を強引に引いた。
「というか…君いくつ?」
「19!だからさ、カップルのふりすればどこでも泊まれるでしょ。早く行こうよ!」
美人局かもしれない…そんな予感が僕の頭に浮かんだので、周りを見渡してみた。しかし、周りに怪しい人間がいるどころか本当に誰もいない。
僕はため息をついて、
「全く…本当に終電逃して帰れないのか?」
「本当だって!ひとりでホテルは泊まれないでしょ。何だったら泊まるついでにサービスしてもいいよ?もともと今日はそのつもりだったのが、何だか全く良い人に会わないんだもん。そのまま終電逃して、どうしようって思っていたところにお兄さん見つけた訳。」
どうやら言っていることは本当らしいが、もともと金目的でそこらの男性を誘い込んで金を稼いでいることも本当のようだ。
「だったらタクシー見つけてやるよ。タクシー代なら払ってやるからそのまま帰りなさい。」
「はぁ?!」
女の子は唖然として声を上げた。
「ちょっと…ここまで話して何もせずに追い返すつもり?!あんた馬鹿じゃないの?!こんなに可愛らしい女の子に誘われて、タクシーに押し込んで帰らせるとか、何考えてんの?!」
「いや、犯罪だろ普通に…それに君、19歳じゃないだろ。」
そういわれた女の子は図星だったようで真顔になった。
「見たところ、16とか17ってところだろ?そんな年齢の女の子を金で買うとか、そっちが良くてもこっちが困る。諦めてタクシーで帰りなさい。」
そういわれた女の子はポカンと口を開けたまま絶句していた。これが世の中で問題視されている女子高生の売買か…実際に体験してみると、何だか相手がかわいそうになってしまう。しかし、だからといって僕がこの子を買う訳にはいかない。
その時、ちょうど向かいの道にタクシーらしき車が走ってくるのを見つけた。
「あ、タクシー来たぞ。」
目の前に走ってきたタクシーを停めようと手を挙げた瞬間、女の子が力まかせに僕の腕を引っ張っておろした。
「お、おいちょっと…」
タクシーは僕らの様子を伺って徐行したが、その後は何もなかったようにさっさと走り去ってしまった。
「どういうつもり?」
僕がそういうと、女の子は
「マジでタクシー停めようと思わないでよ!本当にホテルに泊まらないつもり?!」
「そうだけど…こんな都会のど真ん中で女の子がフラフラしてたら危ないだろ?だからってホテルに泊まる事とは全く関係ないと思うんだけど。」
僕がそう言うと、女の子は不満げな顔をしてから、
「だったら、今夜は遊ぼ!始発まで私の相手してよ。」
「相手って…何して?」
「そんなの知らないよ!とにかく今夜あなたは私の相手をするの!決定!」
参った…と僕は思ったが、本当にこんな真夜中に若い女の子がひとりで過ごすなんて危ない。なので僕は、
「じゃあ、ちょっと来て。」
と女の子を連れて駅前から少し外れた場所に移動した。

そこは駅前からすぐの大き目な公園で、いつもならばスケボーやBMXに乗る少年たちがたくさんいるのだが、何故かその日はほとんど人がいなかった。それでも街から近いのと、街灯が明るいのもあり、比較的安全な場所だ。
「そこのベンチ座ってて。飲み物買ってくるから。」
僕は自販機で缶コーヒーを買いながら、一体これはどういうことだろうかと自問した。だが、ちっとも分からない。とにかく今夜、僕はあの子を相手に始発を待つしかないのだ。やれやれと思いながら女の子の元に戻り、缶コーヒーを手渡した。
「マジ?コーヒーとか…ビールでも飲みたいんだけど。」
「未成年だろ。それで我慢しなさい。」
女の子は不満そうな顔で缶コーヒーを開けて飲んだ。遠くのほうで酔っ払いの大声が聞こえたけれど、相変わらず公園には人がいなかった。
「あなたって変わってるよね。普通こんな可愛い女の子に誘われたら、鼻息荒くホテル直行だよ?」
「そりゃどうも。ちなみに僕の名前は奈良皆だよ。」
「ナラミナ?珍しい名前。」
「君は?」
「フヅキ。」
「フヅキ?珍しい名前だな。どういう字?」
「文章の文に月。」
「あぁ…その文月か。君、7月生まれなの?」
「うん、そう。まあ、大抵の人は読めないけどね。」
文月は座ったまま、両手を広げて伸びた。細い体がその若さを見て取れる。まだ成長途中の身体つきなのも、僕は文月が19歳ではないと判断したところだった。
「今日は本当、稼げない1日だった。奈良皆さん見かけた時に、やったー!と思ったんだけどね。」
「それは残念だったな。っていうか毎日そんなことをしてるのか?」
「まあ…お金がなくなったら。バイトもしたいとは思うんだけど、それはそれでなかなか採用されないんだよ。高校行ってないのがネックになってさ。」
「ふーん。」
文月は手に持った缶コーヒーをまじまじと見ながら、
「私、今16なんだけど。高校行ってる友達は、高校の友達と遊ぶから。結局、距離が離れちゃえばみんな繋がりはなくなるんだよ。時間帯も合わないし、そもそも生活スタイルが違いすぎて全然合わない。」
と真顔で言った。文月には文月の生活があって、年齢的にも今が遊びたい盛りではあっても、周りにその友達がいなければ、それは結構な孤独なんだろうと思う。16歳という年齢を考えたら、その状況はとても寂しい状況なのかもしれない。
「奈良皆さんは?人生楽しんでる?ていうか奈良皆さんって何歳なの?」
「29。人生楽しんでる…っていうか。まあ普通だよ。特に面白くもなく退屈でもなく、ごく普通。」
「そうなんだ。彼女はいないの?」
「残念ながら先月振られたばっかりだよ。」
それを聞いた文月は急にニッコリと笑みを浮かべた。僕は訳がわからずに、
「何?なんか面白いこと言った?」
と聞くと、文月は力ずくで僕の右手を握りしめて、
「じゃあさ、決めた!奈良皆さんの彼女になるよ私!」
と満面の笑みで言った。唐突の宣言に僕は意味がさっぱり分からなかったが、文月は見るからにご機嫌な顔で僕を見て笑う。
「え?何それ?どういう事?」
「だから、今日から私と奈良皆さんは恋人同士になったの。会って一晩で結ばれるとか、ロマンチック以外の何者でもないよ?場所は公園だけど」
あまりの事に面食らう僕は、文月の握っている自分の手を慌てて振りほどく。
「それ本気で言ってる?ついさっき会ったばっかりで…」
文月は僕の目をじっと見つめたまま、
「さっきも何も、出会ってからの時間ってそんなに必要?時間より事実が重要じゃない?私さ、奈良皆さんのこと気に入ったんだ。それじゃ理由にならないの?」
何故か僕は文月のその言葉に何も言い返せなかった。こんな深夜にたまたま出会った僕たちが恋人同士になるなんて…。それでもそれは文月の言うとおりにただの起こった事実なだけなのかもしれない。その時点では僕は文月の名前しか知らない。でも、それは文月も同じで僕の名前しか知らないのだ。
「付き合ってみると、意外と私のこと、好きになるかもしれないよ?ほら、私結構可愛い顔してるし、性格は明るい元気な女の子。それ以外に何を望むのよ?」
そんな風にその夜、僕と文月は恋人同士になった。あまりに唐突すぎる、飛躍した文月の思い付きはその後、意外にもうまくいくことになったのだった。


<To be Continue>

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