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静かな春




 陽だまりに、一人。忙しなく会社に飼われる日々が続き、一人黄昏ることが多くなった 。
  飄々と流れる時間を、静かな神社で持て余して、昼ごはんの惣菜は箸が止まっていた。

 この時間が終われば、、そんなことを考えていたら不意に涙が流れてきて、「このまま死んでしまおうか」などと、浅はかな事を考えてしまう。

  ふと、顔をあげると、赤いクレマチスの花が咲いていた。春の陽気をスポットライトのごとく浴びて、さながら一流女優かのように佇む真紅の花。

 美しかった。

 だが、美しいと思う反面、私は少し嫉妬していた。ただ咲いているだけ、ただ佇んでいるだけ。美しさだけで賞賛され、世話をされて。そんなクレマチスのことを妬ましく思ったのだ。そして、そうなりたいとも思った。

 毎日毎日、頭を下げては、一回りも年上の上司に愛想笑いを浮かべて、朝夕の満員電車に揺られ、せかせかと働く三流OLの私には、輝くだけの才能も、愛でられるほどの美しさもないわけで。惰性で生きて行くことで自分を繋げている。そんな浅ましい私だけれど、夢くらいはあったのだ。

 あれは確か、高校三年生の頃だった。私は絵を描く事が大好きで、スケッチブックを片手にそこらかしこで絵を書いていた。夕暮れの校舎や、屋上から見える街並み。それほど上手かったわけでは無かったけれど、度々、小さな賞はとっていた。将来は、画家になろうかな、なんて淡い夢を思い描いていた。

 だか、私の親はそれをよく思わなかったようで。ある日の晩、私のスケッチブックは、ごうごうと燃える一斗缶の中で灰になった。それからというもの、私は、絵を描くことも、スケッチブックを触ることもやめた。

 私の夢は、潰えたのだ。

 きっとまた思い出すのだろう。美しい花を見る度に、インディーズからメジャーデビューするバンドを見る度に、思い出すのだろう。この夢のことを。

 私は立ち上がると、クレマチスを横目に、神社を後にした。


 そして、忙しなく動く人の群れへと消えていった。

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