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003\\\「思い通りに」意識のカラダを動かす練習です。

こんにちわ。今回は《003\\\「思い通りに」意識のカラダを動かす練習》です。前回の《002\\\ふたりはペアリングしてます。》の続きです。

前回は、自分の意識のカラダを「歩かせてみる」を少しだけ書きましたが、それは「ペアリングが出来ているかどうかをチェックする方法」ということでした。

目の前の「意識のカラダ」は、絶対に自分のカラダなのです。それを「歩かせてみる」というお話しです。意識のカラダには「筋肉や骨格」が無いので自立して「歩く」ようなことは出来ません。幽体のようなものですから。


意識のカラダと肉体のカラダとのペアリング関係が出来上がっていて、深いつながりになっていると、両者の間には「見えないヒモ」のようなものでつながっています。それがこちらの「想い」を伝えるための意思伝達回線となっているわけです。

それは、見えない糸電話のようなもの。両者が深い関係度合によって、糸電話の糸がやがて電線となり、さらに光ファイバー(ブロードバンド)になってゆくわけです。そうなれば瞬時に、意識のカラダは思い通りに動いてくれるようになります。

意識のカラダに、「右に動いて」と想うと、意識のカラダはその通りに動きます。それによって肉体のカラダは、その動きに引っ張られて(引き寄せられて)、その通りに動いてしまいます(動かされてしましまいます)。

「前にもっと進んで」と想うと、意識のカラダはその通りに動きますから、ヒモでつながっている肉体のカラダはそれに引かれて動きます。


意識のカラダは、地面の表面あたりに「浮いた姿」で存在しています。直線や曲線、8の字、ヘアピンカーブなど、速くしたり遅くしたり、いろいろな動きを意識のカラダにさせてみると面白いですよ。

意識のカラダとほぼ同時に、肉体のカラダは引っ張られて動かされます。自分の肉体のカラダが動かされることを計算して、意識のカラダを動かすことで、「筋肉での動きとは違う動き」が生まれます。

あらかじめ、意識のカラダに動かす「動線」を考えておくのです。これはスポーツでも踊りでも、使えると思います。スポーツの世界でもイメージトレーニングというのがありますが(くわしくは知りませんが)、これに似たようなことをしているのかもしれませんね。


相手がいるスポーツ(武道など)や踊り(アルゼンチンタンゴやサルサなど)の場合、自分の意識のカラダと相手を重ねてしまうようなことも出来ます。するとどうなるか、イメージしてみてください。

「想う」こと瞬時。その後に引かれて動かされること0.2秒後くらい。意識のカラダと肉体のカラダとの動きの間には、そのくらいのタイムラグはありますが、しかし、意識のカラダは3歩先(この距離は自由に変えられます)くらいにいます。

それはつまり、意識のカラダは2秒か3秒くらい先の「未来」に意識のカラダはいるわけです。それって、ちょっと面白いと思いませんか?


これに類似する話しなのですが、《手に持った振り子を動かす》というのを知ってますか? 

指先で、振り子(おもりとしての5円玉に30センチくらいのヒモをつけたもの)を垂らして持ちます。その振り子に向けて「左右に揺れて」と想うとその通りに動きます。「前後に動いて」とか「左回転して」と想うと、振り子はその通りに動くのです。

わざわざヒモを揺らしたり、おもりを押したりしなくても、「想う」というだけで振り子は動きます。このように、人の「想い」は形に(動きに)なるものです。


これは「観念運動」というものなのです。何かを想うと、その想いが中枢神経で「微振動」となります。その微振動が脳内から指先に伝わり、振り子のヒモに伝わり「動き」となります。

ペアリングされた意識のカラダを自分の想いで動かすのは、これと同じ原理なのだと思います。振り子のヒモは物理的なヒモですが、意識のカラダでは見えない想いのヒモ。想えば動く「観念運動」なのです。(ぼくはこの原理の動きのことを「イデオモーション」と名付けて呼んでいます)

仲良しなペアリング関係とは、たとえばアルゼンチンタンゴやサルサのような、ふたりがペアになって踊っている姿を思い浮かべていただければわかると思います。お互いがお互いの《手に持った振り子を動かす》のようです。

本当にすごいボクサーなどは対戦相手を《手に持った振り子を動かす》ように接して試合をするのだと思います。腕力や動きの技術だけでなく、相手を操る技術(魔法や催眠)をも持ち合わせているようなファイターは存在しているものです。

丸いオーラがいいね09

《カラダ///二重性》の練習では、このような、「ふたり」を「ひとり」でやってしまうこと、ということです。「ひとりカップル」なのです。自分にはいつも「目の前にパートナー分身がいる」のです。

ですから、ペアリング出来た相手(意識のカラダのこと)のことは、「パートナー分身」と呼んでもよいかと思います。関係が深くなれば呼び名も変わってゆきます。知り合い→おともだち→恋人→恋愛交際→結婚して夫婦のようにね。

やがてこの世の「パートナー分身」は、あの世に行くとき、「外部幽体パートナー」となるのでしょう。この世にいながらでも、きっと「霊的なパートナー」となってくれたりして不思議な能力を得たり、肉体のカラダだけでは得られないエネルギーを調達したりと、意識のカラダはいろいろなパートナーに変身が出来るのだと思っています。


実はもうかなり前のことですが、こんなことがありました。自分の偏食のせいで体調を悪くしてしまったのです。両脚に大量の血栓が出来てしまい、紫色に腫れてしまい、痛みもすごくて、とても筋肉を動かして歩くことなんかは不可能な状態になったのです。

湿布薬やらを貼ってみたものの、これはいわゆる筋肉痛ではないので、そんな張り薬なんてまるで効果ありません。しかし、どうしてもその日、出掛けなければならない用事がありまして、こんな、立つのもやっとで、痛い痛い思いなので、とても自宅から駅まで歩いて電車に乗るなんて出来そうもありません。

それならばタクシーでも拾って・・・、なんて思ってはみたものの(配車サービスを使えばよかったのですが)、ぼくが住んでいるこのあたりは、外を走るタクシーなんか見当たりません。それでも、ここで立っていてもしかたがないということで、もっと大きな通りに出て拾いましょうか、ということになりました。

しかしもう、痛くて、歩けないわけです。本当なら、楽しくお出掛けするよりも病院に行くべきくらいのひどさです。その時ここで、いつもやっている練習が始まります。ちょっと息を吐いて、身体のチカラを抜いて、3歩先あたりに意識のカラダを出したのです。

そして、3歩先にいる意識のカラダに歩いてもらい、なんとかその後に付いて(引っ張られて)ゆきました。ぼくは、目の前を歩く意識のカラダに誘導されるように、なんとか歩けたのです。

そしてその日は、なんとか予定通りに過ごすことが出来たのでした。もちろん、その後しばらくして、いよいよ正式に倒れまして、2カ月くらい入院することにはなってしまったのですが。

あんなに痛くて歩けないときでも、意識のカラダがはちゃんと動いてくれて大変助かりましたのです。しみじみ、「よかった、よかったな」と、その時には感じたわけです。


ぼくが日常の中で、意識のカラダといっしょに動くのは、呼吸法の時や、踊りの練習をしている時です。

踊りの練習というのは、空間からエネルギーを呼び込むためですので、呼吸法をそのまま動きにしたようなもので、決まった形はありません。(呼吸法に音楽をつけて動けば踊りです)自宅でおこなったり、森の公園でおこなったりしています。

この踊りとは、「空間エネルギー」とつながる(エネルギー源とつながる)のが目的ですので、一般の観客に見せるためのステージダンスではありません。いつも意識のカラダ(パートナー分身)と向かい合っての呼吸法です。

ただの肉体のカラダでは「空間エネルギー」とつながることは出来ません。必ず意識のカラダが呼吸をしてから、その後に肉体のカラダに空間エネルギーがやってくるという順です。(肉体のカラダが出来る呼吸なんて、ただ深呼吸くらいのものですから不便なものです)


(1)左右空間から (2)上空から (3)目の前空間と (4)地面と (5)地球一周と このような全方向の「空間エネルギー」とつながる呼吸法を、毎日おこなっております。これは、普通の「肉体のカラダ」だけでは出来ません。

ひとつの身体を意識のカラダと肉体のカラダに「分離」させたからこそ、そこに「空間エネルギー」というものがあらわれた、ということなのです。

★呼 吸 法 ワ ン ダ ー ラ ン ド///★

つづく


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