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孫時間は竜宮城

しばし我が家に滞在していた娘と孫が帰っていった。

いったい今日は何月何日なんだろう。

今は、何時なんだろう。

忙しくも楽しい時間だった数日間。

充実した時間だったといえるはず。


だからこそのこの空虚感なのか。

なんだろう。この感覚。
1分1秒を楽しんでいたはずやのに、何も残っていないこの感じ。


きっと、浦島太郎が浜辺に帰ってきた時って、こんな気持ちやったんとちがうかなあ。

あの楽しい時間はなんやったんやろう。


仕事に追われていた時の時間とは違う。

自分が子育てをしていた時の時間とも違う。

ギフボの介護に走り回っていたころの時間とも違う。


時間の流れ方の違いを、今更に実感する。

竜宮城での時間の流れ方が違うように。


せやけど、もっと達成感があってもいいんと違うやろか。

掃除・洗濯・食事の用意。
全部孫のため。娘のため。
やらねばならないことだらけ。
それを、一日に何度もなんども繰り返す。

孫時間に合わせて
必死で
夢中で
老体にむちうって
目の前のことをとにかく一つずつ。

一日先のことも考えられない。

今ここ。

ただひたすら、今に集中。

ようやったなあ。

そんなに頑張ったんやから、もっと達成感があってもいいのに。
ほんまに。


そんな日々の中での私の救いやったのがこれ。


机の上にある、木皿泉さんの「ぱくりぱくられし」。
いつでも本の中にずんずん入っていけるこの作品。
やらねばならぬことからの逃避にはぴったり。

孫が昼寝をした時に珈琲を飲みながら本を開く。
やっと私に戻れる時間。
私を取り戻すには読書が一番。
どっぷりと文字の世界に浸っていると、いつのまにか落ち着いていく。


のはずなのに。

なぜか頭に言葉が入ってこない。

仕事や家事からの逃避にはぴったりな作品やのに。
なんでか。
逃避しきれへん。

自分のペースに戻せない。


浦島太郎はどうやって新しい日常の中に、自分のペースをつくっていったんやろう。




迎えに来た娘の夫に連れられて、ファミリーで帰っていったあのこたち。
帰り道のおしゃれなお店で、夕食を食べている写真が送られてくる。
久しぶりに会ったパパを見つめる孫。
娘の膝の上で楽しくてたまらん表情の孫。
すっかりファミリーである。
ファミリーが作られている。
我が家の娘ではなく、すでに娘のファミリーの一員。
以前とは違う世界がそこにある。



あれから5日。
なんとかかんとか読み続けて、
ようやく「ぱくりぱくられし」を読み終える。

私で5日間。
浦島太郎はいったい何日かかったんやろう。

浦島太郎を新しい日常生活に馴染ませていったものは何やったんやろう。

やっぱり魚釣りかなあ。


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