72時間 琵琶湖畔のベンチ
たまたまテレビをつけたら、NHKで「ドキュメント72時間」という番組をしていた。
毎回、ひとつの現場にカメラを据え、そこで起きるさまざまな人間模様を
72時間にわたって定点観測する、ドキュメンタリー番組らしい。
今回は、
「琵琶湖畔 あのベンチで」
というテーマだったので、ついつい見入ってしまった。
一面に広がる湖面を目の前にした、
琵琶湖畔にある木製のベンチ。
そこから見える景色は、湖面の美しさだけでなく、向かい側にある湖西の山々の姿も相まって、とっても美しい。
それは、「あのベンチ」と呼ばれているらしい。
私は、「あのベンチ」の存在は知らなかったけど、どうやら、知る人ぞ知る存在らしく、そこには、さまざまな人々が訪れているらしい。
その人々に、番組のスタッフが、訪れる理由などをインタビューしていた。
サイクリングの途中で景色を楽しむ人もいれば、ちょっと立ち話ではすまないような理由で訪れる人々もいる。
驚いたのが、スタッフの方に、こんな個人的な事情も話すんやなあってこと。
なんなら、テレビで放映されちゃうのに、そんなこと話しちゃってもいいのかなあと、びっくりした。
でも、引き続き、番組を見続けているうちに、なんとなく、その気持ちがわかるような気がしてきた。
私も、ウォーキングと称している散歩で、よく琵琶湖畔を訪れる。
こちらは、琵琶湖の西側なので、あのベンチから見える景色とは、また違う。
もう、何回訪れているやろう。
いや、何十回訪れているやろう。
治療のために、泣く泣く休職を余儀なくされ、そこから、治療をしながらの復職を決心した時に、体力づくりのために、必死で歩いたコースの一つでもある。
琵琶湖を眺めながら、いろんなことを考えていたようにも思うし、何も考えていなかったようにも思うし。
いまだに、湖面を見ながら、ただぼんやりとしているような気がする。
ただ、湖面を見ていると、その時々の気持ちを思い出す。
水鳥を見ながら、
打ち上げられた藻を見ながら、
湖辺でくつろぐ人々を見ながら、
何か悩みが、解決するわけでもないんやけど、
自分の気持ちをぼんやりと見つめているような気がする。
ただただ、ぼんやりと。
そんなことをし始めて、いつのまにか、4年近くがたとうとしている。
4年も治療を頑張っているってことか。
よかったでも、よくなかったでもなく、ただ、4年という時間を過ごしてきたことを、実感する。
でも、その時間というのが、もしかしたら「命」なんかもしれんと、なんとなく素直に思えたりする。
琵琶湖を見てると。
よく、「命とは時間そのもの」なんて言われるけど、ちっとも実感として理解できへんかった。
それが、「そうかもしれん」なんて思えてくる。
そんな時に、NHKのスタッフの人に話しかけられたら、ふと自分の思いを話してしまうかもしれんなあ。
たしかに、すごく素直な気持ちの時に、「話を聞きますよ!」の姿勢でこられると、やばいかもしれん。
知らん人にやからこそ、話せるというか。
私の事情を知らん人やからこそ、伝わるように必死で話そうとするというか。
聞いてもらうことで、気持ちを整えられそうやし。
いや。
番組に出演されていた方々についてはわからんけど、私に関しては、話を聞いて欲しいって思ってるんかもしれんなあ。
それを、引き出させてしまう、琵琶湖の静かなあたたかさを、あらためて知る。
今日も、ありがとうな。琵琶湖。
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