見出し画像

花の名でも、ワインでも。


「女の子に花の名前を教わると、男の子はその花を見る度、一生その子のことを思い出しちゃうんだって」

『花束みたいな恋をした』の劇中でそんなセリフがある。

日本アカデミー賞の授賞式を見ていた時、このセリフのシーンが紹介映像の一部で使われ、そこで知った。

ノベライズ読んだけど、そんなステキなセリフあったかしら?

やっぱり読んだとき、聞いたときの心境によって、心に残るセリフって違うのね。

一緒にそれを観ていた弟が「川端康成の小説でたしかそんなのがあったな」と言っていたので、気になって調べてみたら、『掌の小説』という作品集の中の『化粧の天使達』という作品内にそういう一節が出てくることがわかった。

「別れる男に、花の名を1つ教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます。」

その作品を読んだわけではないから、その前後の話がわからないし、なんともいえないけど、もし「もうお別れされるかも」となんとなく感じた時に花の名を教えるのであれば、私を忘れないでの思いを込めたちょっと悲しい別れの言葉になるし、自分から別れを切り出す際のそれならば、なんと残酷なことかと思った。

物をあげたり、なにかしらの言葉を投げかけるより、一緒に見たその花の名を教える方が、一生心に残ると思う。

たとえばそれがミモザだとすれば、毎春見かける度に、その当時の少し暖かい空気、相手の顔、言葉を思い出す気がする。

別れを告げた側がそこまでセンチメンタルになる可能性は低いかもしれないが、何かしら心に引っかかったりするものはあると思うし、告げられた側なら敵面、毎年毎年ミモザがふわりと咲く度に相手のことを思うに違いない。

これを書いている時、松任谷由実の『真珠のピアス』という曲を思い出したが、あれはまた話がちょっと違うからちょっと端に置いておく。

これはきっと花の名だけの話ではない。

たとえばワインやカクテルでも有り得る話だし、映画や音楽、何かしら視覚や聴覚、味覚、嗅覚で感じたことは、思い出と一緒に心に深く刻まれる。

別れなんて予期しない、私たちは永遠ってモチベーションの時に教えてもらったことでも、別れの間際でも。

別れ際はなおさらだろうな。

リフレインが止まらなさそう。

私にとってそれはワインだったなと思う。

当時付き合っていた人とワインを飲んだとき、この味好きだなと言ったら、ぶどうの品種や産地を教えてくれた。

ワインに詳しい人だった。

それまでなんとなく飲んでいたものが途端に特別なものになって、なんだかそれが嬉しくて、以来私はその品種を好んで飲むようになった。

別れた今でも飲むと思い出すことがある。

飲み物だとタチが悪い。

その機会が多いから。

私はそんな彼に、花の名をよく聞かれ、教えていた。

「これ私好きなんだ」

「きれいだね」

なんて言い合うあの時間が好きだった。

『花束みたいな恋をした』のヒロインいわく、一生忘れられないらしいけど、彼はどうだろう。

私が教えた何種類もの花の、その中の1つでも覚えていて、それを見た時、私を思い出したりするのかしら。

いい思い出として、考えてくれることがあるのかしら。

その人に未練があるとか、そういうのではなく、ただただ私の中のいい思い出箱の中の人が、私と同じようにそんなことを思ってくれる時が一瞬でもあるのであれば、少し嬉しいなとそう思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?