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劇場からレストランへ 舞台が変わっても表現し続けることは変わらない

100本のスプーンのフロアには、少々豊かすぎる表情で訪れた人を思わず笑顔にしてしまうスタッフがいます。その丁寧な仕事ぶりと軽やかな振る舞いは、接している相手を心地良くさせる。広末知沙さんに、お話を聞いてみました。 

広末知沙(Hirosue Chisa)
幼少期からクラシックバレエを始め、高校・大学とダンスを専攻。日本女子体育大学の舞踊専攻学科在籍中にコンテンポラリーダンスと出会い、卒業後はダンスカンパニー「Co. 山田 うん」に所属しダンサーとして世界中を飛び回る。2019年4月より100本のスプーン現代美術館店で勤務。2020年店舗立ち上げともに豊洲店へ。趣味は美味しいごはんとお酒を楽しむこと。 

柔らかい膜のなかで個々が動いているような会社

―入社前はプロのダンサーとして活躍されていたと思いますが、なぜ100本のスプーンへ?

20代のほとんどをダンサーとして過ごして、世界中を飛び回るなど色々な経験をさせてもらっていました。所属していたダンスカンパニーの公演を絶賛してくれたのが遠山さん(現スープストックトーキョー代表取締役会長)でした。後にレストランパフォーマンスというイベントをともに開催することになり会社とも繋がりができていくうち、100本のスプーンが現代美術館内にオープンすることを知りました。

「人の踊りをみてはじめてドキドキしたのが山田うんさんだった」

当時ちょうど30代に差し掛かっていて、大多数の人が経験しているように会社組織で働いてみたい、と考えていたタイミングでした。表現者としての視点を持ちながら美術館のなかのレストランで働くのも面白いかも、と思って問い合わせたところ、ブランド説明会を開いてもらえることなったんです。 

―ブランド説明会では宮川さん(100本のスプーン事業部長)の自己紹介で終わったという逸話がありますが…

ブランド説明会に現れた宮川さんが、自身の生い立ちを事細かく紙に書きながら、面白おかしく説明するもんだから、こっちもパフォーマーとして負けられない!と盛り上がっちゃって。気づいたらお互いの紹介で3時間ぐらい経過して、「あ、次の打ち合わせの時間だ!」と宮川は颯爽と帰っていきました。ブランドのことはさておき、宮川さん、という人のことはよく知れたな…と。(笑)

「ちょっと普通の会社じゃないかも、と思いました」

でも総じて、面白い会社だなと思いました。がちがちの枠で固めた組織ではなく、柔らかい膜のなかで個々が動いている印象を受けたので、ここならわたしも楽しめそう、と飛び込みました。

―飛び込んでからというもの、現代美術館立ち上げ、その後豊洲店立ち上げとともに店長代理も経験されていますよね。入社して2年半ですがものすごいスピード感で突き進んでいますね。

入社したばかりのころは正社員として飲食店で働くという経験もなく、当時は研修制度なども整っていなかったので常に探り探りの状態でした。ワインの量すらわからなくて怒られたり…(笑)持ち前の瞬発力で仕事を覚えていく日々でした。

気づいたら店長代理の立場になっていましたが、マネジメントも店長業務もわからないことだらけでもがく日々が続き、正直しんどかったです。でもその経験があったからこそ決定する能力を身につけられたり、お客様や仲間との関係を築けてきたと思います。

現場で積み重なっていく家族や仲間とのシーン

―たしかに、広末さんはお客様とお互いに名前で呼び合ったり踏み込んだ関係づくりをされてますよね。お客様との印象的だったエピソードはありますか。

以前、床の汚れに気づくことができず、そこにお子様がおもちゃを落としてしまうというトラブルがありました。汚れたおもちゃを洗いに行くお父さん、ひとりでお子さんのお食事のお世話をするお母さん。お食事はできたかもしれないけど、楽しい外食をするはずの家族の時間を提供できなかったことがとても残念でした。できる限りの誠実な対応をしたところ、後日また来てくださったときには驚きました。

何度か足を運んでくれるようにもなり、そのたびに会話が盛り上がるようになったんです。お子さんもニコーって笑いかけてくれるようになったりとか。

お店を営業していると、どうしてもトラブルはつきものだけど、そんなときに心から接することができるか、どういう判断をするかでお客様との関係を築けていると実感しています。

いろんな家族のシーンを目の当たりにして、ひとつひとつが積み重なっていくことで100本のスプーンのブランドへの共感度もじわじわ高くなっていきました。

「コロナ禍で家族と会うことが当たり前にできない時期もあったからこそ、一つ一つの家族の時間がより大事なんだと意識するようになった」

―じわじわ高まっていく感じ、100本のスプーンらしいですね。一緒に働く仲間との印象的なシーンはありますか。

現場での経験もひととおりさせてもらい、マネジメントの仕事にも関わり始めた頃のこと。新卒で入社してきた千葉さんというスタッフがゲストの子どもに対して「おいでーっ」と手を広げてフレンドリーにスキンシップを取っていたのが印象的でした。

これまでも丁寧な対応は心がけていたけれど、お客さんに対してどこか一線引いていた部分があったのが、もっと心をオープンにしてもいいんだと気付かされたワンシーンでした。社歴も年齢も若い仲間からたくさんの気づきがあります。

―千葉さんならではのフレンドリーシップと、それを尊重する広末さんの関係性が微笑ましいです。

「物はきっちり揃えたいし、きれいが好きだけど、自由がいい。自分でもやっかいなところです。」

レストランという舞台でも、表現者を育てていきたい

―今後100本のスプーンで働く上で、どういうことに興味がありますか?

やっぱり、人に関わることに興味があります。100本のスプーンで働くメンバーには「感じのいい」という表現ができる人でいてほしいと思っているんです。知識や技術は後からついてくるものであって、それがなくても一生懸命な姿勢はお客さんも見てくれているから。

店長の野村に「広末さんは感じがいいだけじゃなくって親切なんだよね」と言われたことがあって、最近、その親切さに繋がる行動を紐解く作業をしています。

表現の仕方は人それぞれだけど、その人にあったアクションができるように行動の選択肢やヒントを提供できるような仕組みづくりがしたいと考えています。お客さんに対していい表現ができる人が増えることで、100本のスプーンブランドの外枠だけでなく、中身が詰まっていくと思うんですよね。

―ダンサーとしての経験も活きてきそうですね。表現のイメージを提供してあげる総合演出みたいな。今後の展開が楽しみです。どんな人だったら、100本のスプーンでの仕事を楽しめると思いますか?

100本のスプーンで働いているメンバーは、もっと面白くしたい、喜ばせたい、と思ってアクションを起こしている人たちばかりです。

例えば、お客様との会話で記念日などの情報をキャッチしたとき、さりげないコミュニケーションとしてメッセージカードをプレゼントしたり、コロナでこれまで行っていた色鉛筆の貸し出しができなくなったときに、せめて絵本の貸し出しをできるように本棚の運用をはじめてみたり、季節のイベントに合わせてドリンクを考えたり…。

なんでこうなっちゃうんだろう?って頭を悩ませることもあるけど、それも含めて、目の前のひとをハッピーにすることを面白がれる人なら、一緒に楽しく働けると思います。


撮影:宮川大
取材・執筆:本間菜津樹

インタビュアー:本間菜津樹(Honma Natsuki)
沖縄県出身。大学卒業後、アパレルEC運営会社にて出店ブランドのサポート業務等に従事。その後地元の出版・印刷を行う会社に転職し、ものづくりに関わるうちにその楽しさを実感。自身でも文章を書くように。出産・子育てをするなかで親子の場づくりがしたいという思いが芽生え、100本のスプーンへ。サービススタッフとして勤務。