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心臓の高鳴り

ハトと少年.
トランペットの音色が雲ひとつない晴れ空に鳴り響く.この曲が耳に届いた瞬間,試験場にいる人々の緊張感が一気に高まった.この曲が流れるということは,爆発の危険を伴う燃焼試験が実施されることを意味するからだ.

トランペットの奏でるメロディーを聴きながら,燃焼試験に向けた最後のフェーズが始まる.危険区域を閉鎖し,燃焼試験における緊急停止条件を確認する.試験場にいる誰か一人でも異常を感じ取った場合に,実験を停止できるようにするためだ.全ての確認が終わったら各々が持ち場につき,実験を開始する.

「シーケンススタート.30秒前.」
この一言で身体中の神経が張り詰める.カメラ越しに送られてくるエンジンの映像を何ひとつ見逃さないように注視する.手にはエマストボタン.これを押した瞬間に実験は緊急停止する.さらに,本当に燃焼するかわからないという緊張感が心拍数を一気に高めていく.
「10秒前.」
このタイミングで液体酸素がエンジンへと送り込まれる.ノズル出口からは白煙が放出され,エンジンの温度が急激に下がっていく.
「5秒前.」
点火器が作動する.もし燃料がエンジン内にあった場合,このタイミングで大爆発.おそらく異常を感じた瞬間にエマストボタンを押してももう間に合わない.
「0.」
燃料主弁を開く信号が送られ,主弁が開く.加圧されたエタノールは配管を通り,インジェクターにたどり着く.液体酸素と衝突したエタノールは細かな霧となり,点火器が灯す炎に触れる.その瞬間,鼓膜が破れるのではないかと思うほどの音が建物と内臓を揺らす.映像には真っ赤な炎.燃焼が安定すると炎の中にダイヤモンドショックが見えてくる.この瞬間,試験場では大歓声があがる.その数秒後,液体酸素と燃料の主弁が閉じられ,燃焼が終了する.
「シーケンス終了.」
一気に体の力が抜け,指先が痺れる.あまりの緊張感に息をすることすら忘れていたのだ.センサーが示す値は全て正常値.エンジンの温度が下がってくるまでの間,皆で抱き合って喜びを共有した.

エンジンに触れるようになったらエンジンを架台から取り外し,状態を確認する.取ったばかりのデータの解析を進め,次の実験条件を決めていく.実験場の全ての人が,喜びを噛みしめながら次の実験に向けた準備を進めていく.

この成功は終わりではなく,始まりである.

最後に,この実験を支えてくださった植松電機の方々に感謝を伝えたい.

Project Lazarus 共同代表
インジェクター設計担当
田渕宏太朗


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