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猫の獲物

 ある時、庭の草取りをしていたら嘉村さんの勝手口から猫が出て来た。
「おや、嘉村さんは猫を飼っているのか」
 すると妻が「あらこんにちは」と、フェンス越しに言った。
 知り合いみたいな調子だったが、相手は猫だから答えるわけもない。ただじっとこちらの様子を窺い、じきにどこかへ消えた。
 茶色のトラ猫だった。ジャッキー・チェンの『スネーキーモンキー蛇拳』に出てきた猫もあんな色柄だったように思う。その猫が蛇を退治するのを見て、主人公が猫爪拳を編み出すので、猫とはいっても重要な役柄である。
 あの映画を初めて観たのは小六の時だった。大いに感銘を受け、次の日から松島や鷲見と一緒に、教室でジャッキー・チェンごっこに明け暮れた。
 それからジャッキー映画は随分観た。何作かは映画館へ行って観た。どれも面白かった。
 ところが、大人になって改めて観ると存外つまらない。何がそんなに面白かったのか、甚だ判然しない。

 草を取りながらジャッキー映画のことを考えていたら、妻が脇田さんの犬の話を始めた。
「この前から、犬の飼育道具がまとめて駐車場に置いてあるから、ワンちゃん死んじゃったんじゃないか知ら」
「そうかね」
 脇田さんも近所である。犬は室内で飼うような小型犬だった。
 休みの日には奥さんが散歩させているのをよく見かけた。出くわすと挨拶をしたけれど、どういうわけか返ってきた験しがない。じきにこちらも声をかけるのをよした。
 どうやら近所でも変わり者だと噂されているらしい。
「ワンちゃんもだけど、奥さんも暫く見てないのよ」と、妻が云った。

 それから嘉村さんの猫が戻って来た。大きなカラスの死骸をくわえて、そのまま家へ入って行ったから、嘉村さんはきっと驚いたろうと思う。

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