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変な客

 名古屋に来て間もない頃、ひどい風邪をひいた。どうも職場で小野さんからもらったらしい。
 日中も咳とくしゃみと鼻水でつらかったが、夜中にひどい咳で目が覚めるのに大いに閉口した。単にゴホゴホ云うのでなく、コンクリートの壁に囲われた中でボールをぶつける残響音みたいな按配で、どうも人間の咳のようには聞こえない。そのうち喀血するんじゃないか知らと、随分不安になった。

 その時分にはまだ若くて体力もあったから、そんなにひどくたって医者に診てもらうでもなく、仕事へも普通に行っていた。職場で小野さんが「お、どうした? 風邪か?」と言っての来たのは少し腹が立ったが、あんたから感染うつったんだクソ野郎、と詰め寄ったって先方にはどうしようもない。「うん」と答えて流してしまった。

 症状は三日ぐらいでようやく治まり、これで安眠できると思ったら、今度は夜中にベッドが揺れて目覚めるようになった。
 揺れるのはきっと風邪のせいではない。地震だろうと決め付けた。
 ところが、毎夜同じぐらいの時間に揺れて目覚める。どうも地震ではなく、変なお客がいるのではないかと思われだした。

 変なお客がいるとは、大学時代に江澤さんが使った云い回しである。
 サークルの夏合宿で瀬戸内の島へ行き、帰って来たら夜中にベッドを揺すられるようになった。どうやら変なお客さんがついて来たらしい、と云うのである。

 数日後、「それで、お客さんはどうなりました?」と訊いてみた。
「いなくなった。多分、浮田君の所へ行ったんだろう」
 浮田さんはサークル内で一番霊感が強いとされる人で、そう云われたら、確かに浮田さんのところへ行ったらしく思われた。けれども、幽霊の行き先がどうしてサークル縛りになっているのか、ついにわからなかった。

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