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建物と記憶

 前に電車通勤をしていた時、通勤ルートに気になる建物が二つあった。

 一つは何かの商売をしている家らしく、看板が掲げてある。随分こじんまりした看板で、「YAMATO」(仮)と書いてあるきりだから、これでは何の商売だかわからない。何かの機械と応接セットがあるのは窓から見えたが、一向わからなかった。
 元の建物に後から何度か増築したようで、素人目にもバランスの悪い外観で、それが妙に興味を唆る。
 この家の前を通ると何かのセンサーが反応して、電子音の音楽が流れていた。どこかで聴いたことのある曲だが、何の曲かは知らない。
 自分はそれを聴くといつも、父を思い出して懐かしい心持ちになった。
 父は電子工作が好きで、子供の頃はよく紙屋町のダイイチ(現・エディオン広島本店)地下の電材売場へ連れて行かれた。そこではセンサーのサンプルなども設置してあり、前を通ると同じような音楽が流れていたから、それで思い出したのだろう。

 もう一つの方は、恐らく二階が居住スペースで、一階は小さな食品工場のようだった。正面扉の磨りガラス越しに、番重が積んであるのがわかった。
 こちらはどういうわけか、建物自体が妙に懐かしい。昔住んでいたような気分になるけれど、もちろんそんな事実はない。どうしてそんな心持ちになるのだか判然しない。
 入口脇に古い三輪車が置かれていた。プラスチック部品は日焼けして、金属部分は所々錆びている。全体いつからここに置いてあるのか分からないけれど、随分長く放置されているのは間違いない。 
 これに乗っていた子は今いくつになったんだろうかと思いながら、毎朝前を通り過ぎていた。

 夏のある時期から、この建物の前へ来ると何だか変なにおいがするようになった。そのまま自分は盆休みに入ったのだけれど、休みが明けるとにおいは愈々強くなっていた。
 ある晩、帰りに駅に向かっていたら、そこのブロックに差し掛かった辺りでひどい異臭がした。見ると例の工場の前に軽トラックが止まっていて、中から何かを運び出している。
 初めて中を覗いたけれど、何しろ異臭が強烈だったのと、家主らしき人がいたて、あんまりじろじろ見ることはできなかったけれど、やっぱり食品工場だったと得心した。

 それから間もなくこの工場は解体された。現在は更地になって、太陽光発電パネルが十枚ぐらい地べたに設置してある。
 増築屋敷の方は前を通っても音楽が鳴らなくなったので、どうもつまらない。

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