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病、責任

 二十歳の五月、土曜の夜中に腹痛が随分ひどくなり、翌日、体を「く」の字に曲げながら休日診療所へ行った。
 出された痛み止めの薬を飲んだらすぅっと痛みが引いたけれど、「胃潰瘍かも知れない。明日になったらきっと内科で検査を受けてください」と医師から言われた。
 そんな大仰な病名を言われると、不安になっていけない。事によると入院することになるんじゃないか知ら。明日は午後から学校内でライブに出ることになっているから、甚だ気がかりだ。
 それで医療センターから帰ってすぐ、バンドリーダーの柏さんに電話をした。
 まだ携帯電話などはなく、用があれば家に電話をする時代である。電話に出たのは柏さんのお父さんで、あいにく当人は不在だと云う。
「じゃぁ、伝言をお願いできますか」
「はいどうぞ」
「明日、出られないかも知れないって、お伝えください」
「明日出られないかも知れない、ね?」
「はい。お願いします」

 その時分には学生寮に住んでいた。
日曜は寮母さんも休みだから電話を取り次いでくれない。電話は寮母室にあって、鍵が掛かっている。だから伝言を聞いた柏さんが折り返し架電して来たって、連絡の付けようがない。
 後でもう一度こちらから電話して、直接話した方がいいとは思ったが、何しろ病気のことで頭がいっぱいだったから、ついにそのままにしてしまった。

 翌日、近くの内科で検査を受けたら、果たして胃潰瘍だった。

「それは、二十歳でかかる病気なんですか?」
「年齢は関係ないです」
「そうですか」
 医師は、高校時代の英語教師に似ていた。
「酒は飲みますか?」
「はい」
「煙草は?」
「吸います」
「どっちも暫く禁止ね。あと、辛いものとか、刺激物も当分食べられません」
「……」
「……」
「……で?」
「で、とは?」
「他には?」
「それだけです」
「え、じゃぁ、帰ってもいいんですか?」
「いいよ」

 これで帰っていいとは意外だった。
 まだ昼前だから、これから行けば出番には間に合う。急いで登校し、会場へ行って演奏した。可も不可もない出来だったと思う。

 ライブの後は打ち上げがあったはずだけれど、酒を飲めないのに行ったかどうか、もう覚えていない。
 柏さんからは後で随分説教された。急遽代役を立てるなど、中々の騒ぎになっていたらしい。なるほど、これは自分が悪かったと、大いに反省した。


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