ぐるぐる回し、ヒゲ
現在の実家に住み始めたのは幼稚園に入る前の年だったから、4歳の時に違いない。
引っ越してきて間もない頃、母と外を歩いていたら近くの公園で同じぐらいの子供らが “ぐるぐる回し” で遊んでいた。
ぐるぐる回しは最近あんまり見かけないから、若い人は知らないかもしれない。一応説明すると、鉄の棒を丸めて作った大きな地球儀みたいなものがぐるぐる回せるようになっている。骨組みだけだから、中に入ったりぶら下がったりできる。
正式名称は “グローブジャングル” というらしい。今調べて知った。
見ると数人でぐるぐる回しを回転させ、上に乗った子らは振り落とされないようぶら下がっている。随分スリリングで面白そうだった。
「あんなにぶら下がって、凄いね。裕も行ってくる?」と母が言った。
駆けて行って「僕も入れて」と言ったら、誰かから「いいよ」と返ってきた。
ぶら下がる子もあれば、中に座っている子もある。てっぺんまで登っている子もある。自分は半分より少し上のところにぶら下がった。
そうして「行くで〜」と、下の子らが回し始め、どんどん速度が上がっていく。
初めはドキドキしながらも大丈夫と高を括っていたけれど、じきに右手がずるずる滑ってきた。ちょっとやばいと思って「止めてくれ!」と言ったが、誰の耳にも届かない。
結局自分は落ちて、地面で顎を打った。舌は噛まなかったけれど、打ったところから血が出て、泣きながら帰った。
家で母に赤チンを塗ってもらって、脱脂綿を当てておいたら、そのまま顎にくっついた。
何だか老人のヒゲみたいで嫌だなぁと思った。父が「ヒゲ〜、ヒゲ〜」と揶揄ってくるから余計に嫌だなぁと思った。
この時の傷は今でも顎の下に残っている。触ると脱脂綿ではない実際のヒゲの下に、それっぽい感触がある。
こんな事故が多発したのか、ぐるぐる回しはどこの公園でも見かけなくなった。この公園のも自分が高校を卒業するまでは残っていたはずだが、いつの間にか滑り台に代わっていた。
娘が幼稚園に行っていた頃、家から少し離れた公園にぐるぐる回しがあるのを見つけた。
あれで遊びたいと言うから、乗せてやって用心深く回そうとしたら、重くて一向に回らない。
なるほど、これなら自分のように振り落とされる者も出ないだろうと得心したが、これでは遊具として何が面白いのだか甚だ判然としない。
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