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青空と陰鬱

 店舗配属から一月後、一週間の連休をもらった。配属前に二週間ぶっ続けで新人研修をやった振替である。二週間の研修に対して休みが一週間では割が合わないから、多分日数を間違えて記憶していると思う。
 休みに入る前、「百、連休だな。良いなぁ」と店長が言った。気の利いた返しを思い付かなくて、「良いですねぇ」と答えたら、パートの長田さんが「ふっ」と笑った。この人は自分が何を言っても笑う。暖かく見守られているようにも思えるが、バカにされているように感じられることもある。どっちなんだか甚だ判然しない。

 連休の間に新入社員の懇親会があり、ソフトボールをやるというので呉市のグラウンドへ行った。
 野球もソフトボールも、自分はあんまり好きではない。打つ方はまだいいけれど、守る方が甚だ心許ない。それで外野へ行って、ボールが来ないよう祈っていた。
 野球やソフトが苦手なのは、子供の頃に父とあんまりキャッチボールをしなかったせいだろう。やっぱり、子供の相手をしない父親はよろしくないと思うが、我が身を振り返ると、自分も近頃は娘と遊んでいない。もっとも、娘はもう中学生だから、あんまり遊んでくれないかも知れない。

 試合の合間に安田君が、「百君、面白いことになったよ」と寄って来た。
 安田君は店舗研修を同じ店で受けた同期である。自分は研修店舗にそのまま配属されたが、安田君は連休明けから別の店へ行くことになっている。
「面白いって、何が?」
「杉森君と高島さんが付き合い出したんだよ」
 何だか得意げに言われたけれど、それの何が面白いのか甚だ判然しない。おまけに、付き合いの「合い」に変なアクセントを付けているのが癇に障る。
「それの何が面白いんだね?」
「…え?」
 異動が決まっている店でアルバイトの誰と誰が付き合おうと、彼には関係ないだろう。無関係な他人の色恋話を嗅ぎ回って喜ぶとは、随分気持ちの悪い男である。
「だけど、君、高島さんは東郷さんのお気に入りだぜ?」
「そうだね」
「杉森君は、ただじゃ済まないよ」
「杉森君だって、東郷さんは目をかけていたじゃないか」
「それとこれとは別さ。実際、もう東郷さんから杉森君への風当たりが、随分きつくなってるらしいよ」
 異動前の挨拶に行った時、店長に聞いたのだという。どうだ、知らなかったろう? と言わんばかりのしたり顔が、ますます癇に障る。
 東郷さんは副店長である。大いに仕事のできる人だったけれど、キレやすく、店長以外の全員から恐れられていた。
「だから君、休みが終わったら、板挟みにならないよう注意したまえよ」
 自分はそれで、あ、と思った。
 安田君はいよいよ愉快そうだった。

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。