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懺悔の値打ちもありゃしねえ。



休日の昼下がり、自分ちで手製の昼メシを終えて食器を洗っていたところ、カウンターに置いてあるケータイが鳴り響いた。


着信元を確認する。

例によって例のごとく、悪友・津田沼からの着信だ。

蛇口の水を止め、タオルで軽く手の水気をふきとり、通話マークをスライドさせた。



「あー、津田沼だけど、竹井くん?」


「ヘイまいどこちらクソレストラン。ご予約で?」



「君さー、いつになったら2ヶ月放置したnote書くn「おかけになった電話番号はただいまをもって使用できません。ピーッという発信音の後に伝書鳩をお飛ばしください」」



流れるような機械音声の声帯模写で津田沼の発言をキャンセルし、通話終了ボタンを押した。ついでにケータイは機内モードに設定しておいた。


これで良し。これで俺の休日を邪魔する者は抹消された。
なべて世は事もなし、天上天下唯我独尊。





食器を洗い終えた後、コーヒーを淹れて一服する。

一服ついでにウェブサーフィンをすべく、スマホの機内モードを解除した。

瞬間、先のやり取りを思い出す。



おそるおそる、津田沼のラインを確認してみた。




着信6件、メッセージ2件。


メッセージの内容は、どれもシンプルだった。




「殺す」


「石を投げて殺す」





猟奇的なメッセージにも眉一つ動かすことなく、俺は淡々と津田沼にコールバックを始めた。


なあに、問題はない。命乞いの時間は十分にある。




― ― ―


津田沼
「いやー今度ばかりはね、さすがの俺でもブチ切れるところだったよ」

俺(竹井)
「うん、さすがに今回はビビったわ。どこの文化圏のモノだよオメーはよ」

津田沼
「まあそんなコトはどうでもいいからさ、いい加減書きなよ。note」


「あー・・・その前に聞いてくれ。せっかくだから聞いてくれ。ここ2ヶ月noteほったらかしにしてた理由ってヤツを」

津田沼
「まあ、聞くだけは聞くよ。どうせ正当性なんかカケラもない理由なんだろうけどね」


「言ったなテメー!?ならこっちも言うだけは言わしてもらうぞ。正当性が本当に無いかどうか、キッチリ聞いてから宣(のたま)いやがれ!!!」




― ― ―



①ネット麻雀に明け暮れていた



津田沼
「よし、石だな。石」


「いや正直すまんかった」





「いやいやいや、は?麻雀?ネットで?2ヶ月間ずっと???」

「ああ、ネットで麻雀してた。2ヶ月間ずっと


悪びれもせず、津田沼の疑問をオウム返しに口にする。

通話口から、津田沼の深いふかぁ~いため息が聞こえてきた。呆れ濃縮還元100%のため息だった。


「バカだね。バカ。大バカ」

「バカバカ言いすぎだこの野郎。否定はしねえけど、そこまで大罪ってわけでもないだろ。大の男が余暇を何に使おうが勝手だろうが」

「いやそりゃまあそうなんだけどさぁ・・・」


軽いため息とともに、津田沼が呆れの残りを吐き出す。


「まあね、竹井君が麻雀好きだってのは前々から知ってるよ。それにしたって、2ヶ月間”ずっと”ってのはありえなくない?何だってそこまでやり込んでたのさ」

いやありえなくなくない。全然ありえなくなくない。だってそういうもんだもんよ、麻雀って」

「はあ~そうなんですかぁ~」


もはや友人に対するそれではなく、なんかの勧誘トークに対するテンションで生返事を返す津田沼に、俺は説明を続ける。



「これまではな、仕事→帰宅→記事作成→寝るをくり返して、週末には記事を上げるのサイクルでやってきたんだよ。その辺は何となくわかるだろ」

「あーまあね。グループラインで『noteに記事上げた』って君が報告してくるのは、大体そのスパンだったからね」


「ただ、その”記事作成”が”ネット麻雀”に置き換わったワケよ、ある日。
あー、そういや最近やってなかったなーネト麻。久しぶりにやってみっかなーくらいの軽いノリで」

「うん」



「そしたらいきなりこのザマよ」

「いやだからその論理のワープは何なの?竹井君の思考回路には旅の扉でもついてんの???



「いやー、麻雀って一度やり出すとマジで抜けらんなくてさー。麻雀の”麻”は麻薬の”麻”とはよく言ったもんだぜ。中毒性がハンパないのな。そりゃあ時の王朝も亡国の遊戯とか言って禁止令出すわこんなん」

「いや、亡国っていうか君がnote界隈で亡き者になっただけだけどね。しかも自発的に



「まあそんなこんなで、気づけばもうnote2ヶ月放置に至るわけよ。光陰矢の如し」

「うん。要するに、サルの如く麻雀にハマって何も書かなかったってわけね」

「事実だから反論する気もねえわなあ。でも、打ち込んだだけあって収穫はあったんだぞ」

「ん、収穫?どんな?」



「特上卓で五段になった」


「・・・・・・いや、特上だの五段だのって言われても全然わかんないんだけど」



「ネット麻雀界隈ではギリギリ中級者、ちょっと腕の立つヤツ目線で言えば『雑魚未満乙wwwww』って死ぬほど煽られるレベルだな」


「救えねえッッッッ!!!!!」





― ― ―



②罪悪感



「まー、こっからは少しマジメな話なんだけど」

「うん、これを言えば十分だったんじゃないかな。ネット麻雀のくだりは全部伏せて


津田沼からのツッコミをスルーしながらコーヒーを啜り、俺は言葉を続ける。


「更新やめてからも、ちょくちょくnoteのマイページだけは覗いてたんだわ」

「うん」

「更新続けてるときはさ、スキがなければ落胆のため息、スキがついてればガッツポーズといういかにも凡夫な反応だったわけよ」

「まあ、あんまりスキとかイイネで一喜一憂するのも不健全だと思うけどね。なんだかんだ言ってもそれが通常の反応だよ」



「で、更新やめてからは、スキがついてなければ安堵のため息

「え、安堵?

「安堵。で、スキがついていれば





『ああああああああすいませんすいませんこんな体たらくなのにスキなんか押してもらってすいません生まれてきてすいませへへええええん!!!!!』





罪悪感にのたうち回る日々

「スキに一喜一憂するほうが兆倍健全だったね」





「しかもだ。コンスタントにスキを押していただいている記事はよりにもよって、




こいつと、




こいつという、書くことの喜びを綴った記事なんだから、その罪悪感たるやヘド吐きそうな重さなんだよ。
大言壮語吐いときながら記事書いてねえんだもん、さすがにこれは自己嫌悪の種にもなる」



「あー確かにこんな記事上げといてこの体たらくはイタいね」

「お前子どもの頃からオブラート使わずに粉薬飲まされてきたの???」





「だからな、この体たらくでいざ記事上げるっていうのも、本当に気まずいんだわ。正直なところ」


アメリカンというにはキレの無い、ただただ薄いだけの微温いコーヒーを再び啜る。


「いやー、別に気にしなくていいんじゃないの。しょせん自分の好きで書いてる趣味なんだし」

当たり障りのない津田沼の返答に、俺は口内のコーヒーを飲み干して反論した。


「俺も理屈ではわかってる。わかってるハズなんだけどな。不思議と、しかもマジに気まずいんだよ。この気まずさに比べたらアレだ、メンタル病んだ休職明けの職場復帰なんて屁でもねえ


「え、比較対象それって重くない?」


「いや全然。何なら職場復帰のときに言ったもん俺。



『おっ、長いバカンスだったなオメー!!』



とか言ってきたパイセンに、




『ちーっす、あけましておめでとうございまーすwwwww』




って」

「ネット弁慶の逆って人初めて見たよ、俺」




― ― ―



「まあ、竹井君の言い訳は聞き飽きたし、そろそろなんか書こっか」

「いやいやいやオメー、いきなりなんか書けっておm「どうでもいいんだよ、そんな事」




被せられた津田沼の声に、俺は固まった。



更新を怠ったことに怒るわけでもない、笑って許そうとする包容の姿勢でもない。



一言一句違うことなく、言葉のとおりに「どうでもいい」と思っているであろう声色が、スマートフォンを振動させた。




「さっきも言ったけどさ、所詮は遊びなんだからいちいち気負わなくていいんだよ。
君がnoteで書くこととネット麻雀を等価値の趣味に位置づけようが、よしんばネット麻雀が君の中でnoteより上位に来ようが、全部君の勝手なんだよ。そもそも君が君自身の退屈をまぎらわすためにはじめたnoteなんだから」



一息置いて、津田沼が続ける。



「だから、俺も俺の勝手で言ってるだけのことでさ。

俺は、君が書いた文章を読みたいんだよ。

俺も君と同じように退屈してて、だけど俺は君ほど文章が書けないから。

君自身の退屈だけじゃなくて、俺の退屈もまぎらわしてほしいんだよ。

更新サボった事だとか罪悪感だとか不義理だとか、そんな懺悔はどうでもいいんだよ。
怒るとか呆れてるとかじゃなくて、本当にどうでもいいの。



ただ、君の面白い文章を読み続けたいという、俺のエゴを満たしてくれればそれでいい。




だから、またなんか書いてよ。読むから」





沈黙が揺蕩った。


マグカップを手に取り、唇に向けて傾ける。


カップの中は、とっくに空だった。


カップの底から縁に向けて、黒い雫の帯が一直線に敷かれていた。




ため息をついて、開けたくない口をこじ開ける。


「・・・・・・おこがましい話だけどさあ。ファンがついてくれてるみたいなんだよ、俺。片手で数える程度なんだけど」


「うん、知ってる」


「・・・・・・許してくれっかなあ」


「その人たちが許そうが許すまいが、俺の知ったこっちゃないよ。目の前の俺のために、なんか書いてよ」




再びの、沈黙。




「・・・・・・石は、投げてくれるなよ」




それだけ言って、俺は通話終了ボタンを押した。




― ― ―




パソコンを立ち上げ、googleのメインページを開く。


ショートカットに登録してある、ネット麻雀のサイトにカーソルが動く。
ここ二ヶ月の間で、無意識に刻まれた動作だ。


何秒かカーソルを見つめたあと、隣に位置するnoteのショートカットにカーソルを合わせ、クリック。


久方ぶりのマイページ。
スキの通知は後回しにして、記事投稿のボタンを押した。




目の前に現れた、白紙のページ。


タイトルを打ち込み、本文を書き綴る。



キーボードを叩く指が、思うようにドライヴしない。

たかが二ヶ月、されど二ヶ月。

脳と指先の鈍(なま)りを、否が応でも感じさせられる。




しかし、同時に思い出す。


ゆっくりと、思い出していく。





キレたセンテンスを思いついた瞬間の高揚感。

全体の構成を書きながら考え、中座しては考えしているときの、脳と精神が活性化していく感触。

自分の指先ひとつで、無から有を生み出していく、楽しさ。





ははは。


やっぱり、書くのは面白えわ。





津田沼、もう少し待ってろ。


もうすぐ、何かできあがるぞ。





お前の退屈を、満たせるかもしれない。


ひさしぶりの、新作だ。




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