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Twitterでモラハラされた話

何事においても「度を越した」ことは、得てしていい結果を生まないと思う。

私はTwitter上でとあるフォロワー(以下、「A氏」)からモラハラを受けていた。
その背景も、今にして思うとA氏から私への「度を越した」期待があったのだと思う。自分で言うのもなんだけど。

その証拠に、A氏はおそらく私にした諸々の言動を「モラハラ」とは認識していない。
今回こうして「モラハラ」として取り上げられて初めて知るだろうし、おそらく言葉にされてもなお「私はそんなことはしていない!」と否定するだろう。

でも、やられた方は覚えている。
「モラハラされた」ということを自覚し、その苦しさに身を持ち崩したり、フラッシュバックに悩まされたりもする。
私もそうだからだ。

モラハラから逃げ、最近やっと少しずつ心や体の傷が癒え始めてきたからこそ、今日は当時を振り返ってみようと思う。

モラハラのきっかけ

始まりは昨年8月末。
A氏がオンラインでの趣味の同好会を開催すると話し始めたのがきっかけだった。
A氏は「自分が会長となるので、セナさん(私)にはぜひ会員のリーダーになって、ほかの会員をまとめてほしい」と持ちかけてきた。
「まあ、やるだけやってみるか。楽しそうだし」
私は軽い気持ちで、二つ返事で同意した。

するとその1,2週間後から、「リーダーとして務めるには、セナさんは足りないものがある。今日から『訓練』をしよう」と言われた。
お世辞にもリーダーシップがある方でもなかったため、「ほーん」と思いつつこれも二つ返事。
当初は「周りの意見をまとめるコツとか学ぶんかな」と思っていた。リーダーってそういうものだし。

だが、これが地獄の始まりだった。
私はそこから「訓練」と称してTwitter上でA氏に監視され、何もかも管理されるようになった。

私が受けた「被害」のこと

私が受けた「訓練」…もとい被害は、本当に今思い出しても反吐が出そうである。

寝る前と起きたときの挨拶DMの強制。
ツイートの内容について、DMで逐一「こうしなさい」「こんな内容を書きなさい」と指示され、投稿すれば「検閲済」と言わんばかりにすぐリアクションないしリプライされた。
タイムラインを監視しているのか、投稿に少しでも指示に違反することがあったら投稿後1分単位で「訂正してこい」とも言われた。
「趣味で集めているものとのツーショットを撮ってTwitterに載せなさい」とも言われた。
「さらに自分のDMにも送りなさい」と、単にA氏の私利私欲を疑う指示が追加されたこともあった。

私個人のTwitterスペースにも口を出された。
「お前はこういうことを話しなさい」と、私の伝えたいことに反したことを言われたこともあった。
私のスペースなのに、私の意思で話した言葉はほとんどなかった。
Twitterスペースを開くときに、「zoomで映像も繋げ、顔を見ながら話をしなさい」と言われたこともあった。発言が気持ち悪くて反対すると「お前はそんなことを言うからつまらん」「黙って言うことを聞いていればいい」と激高された。
A氏の思い通りに動かない私が、面白くなかったのだろう。

リプライへの返信は何があってもマスト。期限はその日中。
一度、返信が漏れた際には「その時の感情や状況を交えた反省文を書き、DMに送りなさい」と言われ、2,000字近くの反省文を送ったこともあった。

反省文以外に、電話をかけることを強要されたこともあった。平日の貴重な昼休みを30分以上に渡る説教の電話で埋められたことは、今も忌まわしい記憶として私の中にある。
電話のせいでお昼が食べられないこともあった。
日曜に電話で2時間以上拘束され、飲まず食わず、トイレにも行けず、延々と話を聞かされたこともあった。(この時は私が気を失いかけたこともあって途中で終わったが、もっと話す気だったに違いない。)

「訓練」は平日土日問わず毎日続いた。仕事が忙しかろうが友人と出かけたい日だろうが、家族とゆっくりしたい日もお構いなし。四六時中常に「指示に従った行動をとること」「A氏を怒らせない行動をとること」を強制される生活だった。

そして、そんな日々の中で段々何もかもが負担になり、つらくなっていった。
ひと月がすぎる頃にはストレスで体調を崩すようになり、ふた月もすると、私はA氏に怯えるようになった。
Twitterを開くのも、スマホを見るのも怖くなった。
ツイートの文末に付けた可愛い絵文字や顔文字の向こうで、静かに心も体も壊れていった。

認知の歪みとヒートアップ

友人にも家族にも、同好会を共に楽しんでいた仲間たちにも、相談できなかった。
心配をかけたくないのもあったが、それ以上に

「あのAさんに期待されてるんでしょ?すごいじゃない!」
「中心メンバーになるんだから、それくらい当たり前だよ」

相談してこう返されたら、私はそれ以上何も言えなかったから。追い詰められた結果、「相談する」という選択肢を自ら放棄していた。いわゆる「認知の歪み」だったと思う。

今にして思うと、もっと早く相談していればよかった。
「こんな状況で辛いんだけど、どうしたらいいかな」と、第三者目線で判断してもらえばよかった。

しかし、「せっかく任されたんだから」と、弱音を吐いてはいけないと、私は我慢し続けてしまった。
本当に、モラハラ被害者の取れる手段のうち、一番の悪手を選んだと思う。

もちろん、A氏は私がそうして苦しんでいることを知らなかったから、「訓練」はどんどんエスカレートした。
ここに書けないこともあった。
そうして、私はどんどん月を追うごとに静かに壊れていった。

決定打と、逃走のはじまり

8月末頃から約100日。
ずっと耐えて耐えて耐え続けた結果、今年の元日、ついに限界が来た。
ストレス起因の目眩で倒れ、まる1日寝込む羽目になったのだ。

目眩で倒れたとき、実家にいてよかったと心底思っている。
母や祖母が、私を心配して様子を見てくれたし、布団に寝かせてくれた。

「こんなになるまで、何で耐えてたんだろう」
「オカンにもばあちゃんにも、心配かけちゃった」
そんな思いもあって、心配する2人に、遂にこれまでのことを全部話した。
割愛した諸々も含めて、全部。

母も祖母も、話の途中で泣き出して半分何言ってるか分からないような私の話を、すべて真剣に聞いてくれた。
そして、めちゃくちゃブチ切れてくれた。
「クソやんけそいつ!!有り得ん!何様やそのAさんて!!」
「あんたそれモラハラばい!あーもう…だいたい趣味の仲間に訓練とかふざけとらんやそのクソ野郎!!」と。
2人揃って。

話を聞いてもらい、怒ってもらえてますます泣いた。
安心したせいか、ずっと張り詰めていた心がプツンと解ける感じがした。
その夜はこれまでの無理を全部跳ね返すように、8度2分の熱が出た。
そして、これが決定打となり、「A氏と縁を切ろう、逃げよう」とやっと踏み切れた。

逃げて、逃げて、逃げて、逃げた。

逃げると決めた元日から、私は早速動き始めた。

Twitterをはじめ全SNSの更新を止めた。
「A氏」に請われ、中心メンバーとなった同好会は「体調不良により」退会した。
頃合いを見てひっそりとTwitterアカウントを非公開にし、A氏をブロックし、DMもリプライの着いたツイートも、全部消した。
電話帳から電話番号を削除した。登録していない番号からの電話は跳ね返すように、調べながら設定もした。

とにかく逃げた。逃げて逃げて、ゆっくり休んだ。
そして冒頭の、「やっと少しずつ心や体の傷が癒え始めて」来たところに至る。
とはいえ、Twitterにはしばらく戻らないつもりだ。
まして、何かを集まってやるのも、もう懲り懲りだ。
きっとこれは、私にとってのトラウマとして、これからも暫くは残るのだろう。

今となって思うこと

今にして振り返ると、一連のモラハラ騒動には、背景にひとつ「あること」があったように思えてならない。
それは、A氏の過去の発言を思い返して、気づいたものだ。

「セナさんにはぜひ私の後継者になってほしい」
「この趣味を、誰よりも熱を持って続けているのはセナさんだ。他の奴らはまだまだ熱意が足りん。ぜひこの趣味におけるイメージガールになるつもりで頑張ってほしい」

おそらく、A氏は私に「過剰な期待」をしていたんだということ。
そして、私をその期待に添わせるために、期待通りに育てるために、必要以上に私に干渉し、「よかれと思って」暴走したのだろう。

その証拠に、A氏は結局最後まで私に謝らなかった。
辛い思いをさせてしまってすまない、だとか、そんなことは言わなかった。
むしろ「せっかく目をかけてやっているのに逃げたとは何事だ」と今も思っているかもしれない。
「訓練がキツい、苦しい」とやんわり伝えた私の言葉を「そんなこと言って逃げるつもりか」と一蹴した、あの時のように。

もっと早く、期待を裏切ればよかった。
キツいことはキツいと、私はイメージガールになるつもりはないと…やんわりと伝えるのではなく、もっと毅然と伝えればよかった。
そんなふうに、今は思っている。

冷静に考えれば、職場の上司でもない単なる趣味仲間に、ここまでされる必要なかったのだ。
まあ、ここまでのことしてくる人は職場の上司でも考えものだけど。

もっと早くに反抗して、縁を切っても良かったのだ。
無駄な責任感から逃げることを放棄した当時の自分に、「もっと自分の心に正直になっていいんだよ」と、今の私から伝えてあげたい。

さいごに

モラハラしてくる人の中でも、この「期待してやってるんだから」派…あるいは無自覚派、「よかれと思って」派と言ってもいいのかもしれない。
こういうタイプは、一生変わらないんだろうなと、今も思っている。
彼らは「面倒見がいい自分」「相手(被害者)を導いてあげている自分」という幻想に酔って、現実が見えなくなってるからだ。

だからこそ、こういうタイプに絡まれて苦しい思いをしている方には、

「一刻も早く逃げろ。あなたには逃げる権利がある」
「あなたはもう十分頑張ってる。逃げたって、放棄したって、誰もあなたを責めたりしないよ」

と、伝えたい。

自分の体も心も、守れるのは自分しかいないんだから。

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