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君を讃え、甘いばらを
「お待たせいたしました、『花咲く苺のクリームソーダ』です」
丸いガラス皿の上に、ことっと音を立ててクリームソーダが着地する。
曙の空で色をつけたようなピンク色のソーダの上に、淡い黄色を帯びたバニラアイス。
さらにその上には名前の通り、真っ赤な苺で作られた赤いバラが一輪咲いている。
「ありがとうございます。……さ、食べて」
柔らかく光る三日月のような笑顔と声で、福永せんせが促す。
「あ、えと………」
「…あれ、苺は苦手じゃなかっただろう?」
「あ、はい。や、でもそういうことじゃなくて……」
不思議、としか言いようのない気持ちだ。
お昼、福永せんせに急に「ねえ、記事の執筆は終わったかい?」と聞かれ、終わったと答えれば急に「よし、じゃあ行こうか!」と引っ張り出されて。
で、何も知らないまま喫茶店に入って、よく分からないまま福永せんせがひとりでメニューを決めて。
で、店員さんが持ってきたのがこの…曙の空を切り取って、その上に雲とバラを乗せたような、不思議なクリームソーダだ。
「……せんせ。あの、これって一体…?」
「これかい?このお店で人気の、苺のクリームソーダだよ」
そういうことじゃなくてだな…と思っていると、福永せんせが続ける。
「君への、頑張ったご褒美。」
「………え?」
頑張った、ご褒美?
でも、私は頑張るようなことなんて……
驚き、当惑しっぱなしの私に、福永せんせが続ける。
「君、色々と頑張っていたじゃないか。今手がけている原稿のことも、編集のお仕事も、それに家事もしてくれて」
「それに、少し前に出先から悲しい顔で帰ってきたこともあっただろう?そのときだって…帰ってからはたくさん泣いたけど、帰ってくるまでは頑張って必死に耐えてたじゃないか」
そういえば…と思い出す。
ひと回りと少しだろうか、年上の知人からの言葉に、確かに苦しんだことがあった。
本人は気づいていない、言葉の端々に滲み出た、年齢を重ねたがゆえの無意識の傲慢さ。若い人を若さと未熟さゆえに見下す態度。
それに怒り、深く傷ついて、帰ってから福永せんせに抱きしめてもらいながら、静かに泣いたことがあったんだっけ。
「そう…でしたね。でも……」
「『そんなの、頑張ったうちに入らない』って?」
違うよ、と福永せんせが首を横に振る。
「たくさんたくさん、頑張ってるよ。君は、僕のことも周りのことも、任された仕事も、そして君自身のことも、全部大切にして頑張ってる。『楽しみの延長だから』とか『当たり前のことだから』って君は言うけど、それでも毎日、頑張っているよ」
「だからね、これは僕からのご褒美。たくさんたくさん、君が思っているよりずっと頑張っている君を、僕に褒め讃えさせておくれよ」
駄目かい?と首を傾げる、月あかりのような優しい人。
愛おしく、優しい、私の大切な、大好きな人。
「……駄目じゃない、です」
視界が、涙で柔らかくにじむ。
「駄目じゃないです。嬉しいです。だから……えと、褒め讃えて、良いです」
「そっか…ありがとう。ほら、じゃあ早く食べて。折角のアイスクリームが溶けてしまうよ」
ハッとして見ると、バニラアイスの表面が、涙を流しているようにうっすら溶け始めている。
「あ…確かに!じゃあ、その……、いただきます!」
「うん、召し上がれ」
柔らかく、ほんの少し明るさも足した夜明けのような笑顔。
夜が消えるときの紫の空のような、柔らかい声。
苺とシロップソーダの甘酸っぱさとバニラアイスの甘さがそれらに重なって、私の心を解きほぐして、幸せで満たしていく。
「……あ、そうだ。ねえ、苺と赤い薔薇の花言葉って知ってる?」
「花言葉…ですか?」
ええと、赤い薔薇はたしか…
「赤い薔薇は『愛情』。そして、苺はね…」
やわらかな笑みとともに知る、苺の花言葉。
ああ、あなたはまたそうやって、私の心を愛しさで満たす。
「苺はね、『あなたは私を喜ばせる』。…今日は実は、日頃の感謝も伝えたいなと思っていたんだ」
「いつも僕に沢山、愛する幸せを、喜びをくれて、ありがとうね」