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あるいは

「こんな田舎まですみません」
母親ほどの年の婦人が、慇懃に頭を下げた。
「とんでもない」
慌ててぼくも頭を下げた。
「タクシー呼びましたから、あと何分かで来ると思います」
「ありがとうございます。失礼します」
最後にもう一度頭を下げて、ぼくは洋品店の外に出た。
すっかり暗くなった通りは、一見、自宅のそばの住宅地のようにも見える。
しかし実際には、生まれて初めて来た町だった。
「寒いですね」
いつのまにか、婦人の娘さんが隣に来ていた。
年はぼくと同じくらいに見える。
来た時から雑談が弾んで、良い雰囲気で商談が進んだ。
「どちらまで帰られるんですか」
「町田です」
「でも、出身はこっちなんですよね」
「ええ、市内ですよ」
他愛もない話をした。
特にドラマの話題になると、話が合ってお互い饒舌になった。
娘さんは仕事を辞めて、今は資格の勉強をしているらしい。
ぼくは、仕事を始めてから4年目だと言った。
本当は2年ほどである。これは、顧客を不安にさせないための常套句だった。
「一人暮らしなんですか」
「そうです」
これは、ただ嘘をついただけである。実際には、同棲相手がいた。
我ながら、くだらない嘘をついたな、と思う。しかし、もうタクシーが来るというタイミングで、私事を細かく話すのもどうか。
「来ましたね」
黒いセダンが来た。闇に溶けて近くに来るまでわからなかった。
そばに来るなりパッシングして、勢いよく後部座席のドアを開けた。
「今日はお疲れ様でした」
「ありがとうございます。何かあればお電話下さい」
慌ただしく一礼して、タクシーの狭い車内に身体をねじ込んだ。
すぐさまドアが乱暴に閉まり、行き先も聞かずに発車した。
「駅まで」
むっとしながら短く告げると、狭い車内で身をよじって、うしろを見た。
娘さんは、長いこと路地に立ってこちらを見ていた。もう10月も終わろうという寒い日である。少し悪い気がした。
始終、いい人だったが、二度と会うことはない。
職務上、ぼくが顧客と会うのは一度きりだからだ。
また、顧客とは個人的な連絡は取らないと決めていた。トラブルになると、後が面倒になる。
よく揺れる車内で、もしも、あるいは、ということを詮無く考えながら、闇に沈んだ町を眺めた。
街灯がまばらに、点々と続いている。

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