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「誰も知らない取材ノート」〔序章4〕

中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。

 静かに映像は終了しました。私はしばらく考えていました。この映像は、まぎれもなく浅野大義くんという青年の告別式の映像だと思うけれども、しかし、本当に実際の映像なのだろうか、と。再現ドラマか何かのように感じました。それほど現実味のない光景だったように思えます。そもそも、あんなに大勢の吹奏楽の演奏で出棺していく告別式なんて他にないでしょうし、それがきっちりと映像に残されていることも驚きです。どうしてこんなことができるのだろう、この浅野大義という青年はいったい何者なんだろう、と興味は次から次へと湧いてきました。
 もう一度記事を読み、動画を再生してみました。たった二十歳で、しかも癌で死ぬとは誰が想像したでしょう。こんなに元気に大きな旗を振っている人が。二度目に聴くと『市船soul』のメロディは頭の中をぐるぐる回り始めました。泣いている同級生たちの表情からもらい泣きしそうになりました。彼の同級生たち。記事には、百六十四人と書かれてあります。凄い数です。よく集まった、と言える数です。私はもう一度、映像を再生して見ました。見れば見るほど、現実ではないような気がしました。まるで映画のワンシーンを見ているかのようでした。たった一人のために、百六十四人が集まったのです。急なことですから万難を排して参加したに違いありません。友情を超える何かが、そこにある気がしました。こんなにたくさんの仲間たちに送り出された大義くん。あなたはいったいどんな人生を送ったの?心の中で問いかけるような思いで、彼の人生を想像してみました。音楽が好きで、才能もあり、明るく楽しい子だったのかな。みんなから愛されていたことは間違いない。でも人に見せていない一面や、将来の夢もあっただろう、と。
五回映像を見た後、やっと布団から出ました。着替えを済ませると九時を回っていました。私は、一時間近くこの記事と映像を見ていたようです。慌ててA氏にお礼の言葉を送りました。記事の感想も送ろうと思いましたが、あまりに多くのことを感じさせられたので、うまく言葉にまとまりません。なんとか書いた感想がこれでした。
「とても幸せな死に方をしたんだな、と思いました。ある意味羨ましいです」
 そう書いて送ってから、しまったと思いました。これでは語弊がありすぎます。たった二十歳。人生これからだったのです。ご遺族、ましてやご本人にとっては「幸せ」であったはずはありません。でも、私には悲しいばかりの告別式には思えなかったのです。こんなに多くの人に見送られ、堂々たる人生の幕引きのような印象さえ受けました。A氏は私が言わんとしたことを分かってくださったのか、「そうだよね」と同調した返信をくださいました。
 その後も、私はいろんなことを考えていました。私たち人間にとって、「幸せな死に方」なんて存在するのでしょうか。年齢に関係なく、死ぬことは誰しも怖いはず。私だって、とても怖い。必ず来てしまうと分かっているけれど、なるべく考えたくありません。この大義くんの死を幸せだと思ったのはなぜなのでしょう。大勢の人々に見守られながら送られたからでしょうか。どうせ死ぬのなら、一人孤独に逝くよりも、こうやって皆に送り出されるほうがいいと私も思います。だから羨ましいと感じたのでしょうか。「幸せ」の理由はそれだけではない気がしました。それが何かは分かりませんでした。
 その日は依頼されていた仕事の執筆をやり、午後からは打ち合わせで人に会ったりしていたので、普段なら記事のことは忘れてしまうところでした。しかしこの日のこの記事のことだけは、一日中頭から離れませんでした。仕事の合間のふとした拍子に『市船soul』とあの映像が思い出されます。思い出されるたびに、大義くんは一体どんな人生を送ったんだろう、とか、あんなに大勢の人が集まって、おそらくはリハーサルもろくにしないままであろうに、どうやってあんなにまとまった演奏をしたのだろうか、など、興味は次から次へと湧いてきました。興味は想像の枠を超え、「事実を知りたい」という気持ちにまでなっていきました。知りたいと言っても相手は見ず知らずですから、知る方法など考えつきもしませんでした。

(続く)


中井由梨子(作家・脚本家・演出家・女優)

代表作『20歳のソウル』(小学館/幻冬舎文庫)
映画化決定!2022年全国公開
出演:神尾楓樹/佐藤浩市


取材を初めて4年。
大義くんが愛した「市船吹奏楽部」はコロナの感染拡大で、苦難の時に立たされています。今年3月に行われた映画のロケでは、部員の皆さん総出で出演・協力してくださいました。顧問の高橋健一先生の熱い想いとともに、部員の皆さんのひたむきさ、音楽を愛する心、市船を愛する心がひしひしと伝わってくる撮影でした。皆さんに恩返しするためにもそして皆さんに出会わせてくれた大義くんに喜んでもらうためにも来年の映画公開に向け、少しでも多くの皆さまに、「市船吹奏楽部」を知ってほしい。私が『20歳のソウル』の前に書いていた取材ノートを公開します。これは、ごく一部の出版関係者の方にしかお見せしていませんでしたが、取材当時の様子が鮮明に描かれた記録です。私自身のことも多く書いてあり、少し恥ずかしいところもありますが、私と大義くんとの出会いを追体験していただけたら幸いです。

皆さまのお心に「市船soul」が鳴り響きますように。

大義くんからの「生ききれ!」というメッセージが届きますように。

















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