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誰も知らない取材ノート✦〔序章9〕

中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります。

ふうっと一息ついて、大仕事が終わったような充実感に浸っていました。が、時間が経つにつれ、だんだん心配になってきました。前述のように先生の仕事は多忙を極めます。そんな日々の中、いちいちフェイスブックのメッセージなどチェックしていないかもしれません。よくよく先生のフェイスブックページを読んでみると、二〇一五年十二月二十日が最新記事です。もう二年も記事が更新されていないことになります。私は急に気が抜けました。もしかしたら、先生にこのメッセージを読んでいただけないかもしれない、いや、その可能性のほうが強いと思いました。きっと、このメッセージに気づいていただけたとしても、それは遠い先のことになるかもしれません。気合を入れて書いたはいいけれど、読んでいただけないのなら、出していないも同じです。結局振り出しに戻ってしまった気分でした。やはり学校に電話して先生に直接つないでもらったほうが確実だ、と思いました。電話口での説明でご理解いただけるか分からないけれど、きっとそれが一番良い方法なんだろうと。ですが、もう送信してしまったのだし、万が一ということもあるので、数日は待ってみることにしました。それでお返事がなければ、お電話しようと思っていました。
 しかし、私の予想に反して、先生からのお返事はその日の夜に届きました。
 その時私は渋谷の店で、夕食がてらお仕事の打ち合わせをしている最中でした。スマホ画面にメッセージが着信し、差出人の欄に「高橋健一」という名前が表示されているのを見た時、思わず声を出して「えっ」と言ってしまいました。打ち合わせのお相手は私の声に一瞬驚いたようでした。お仕事の話を一時中断してもらい、急いでメッセージを開きました。
少し長いメールでした。こう書かれてあります。
『こんばんは。高橋健一です。
お会いして、お話しなければ何とも言えません。
今日も某テレビ局のスタッフが来校されました。再現ドラマを作りたいとのこと。あまりの誠意の無さ、情熱の無さにがっかりし、まぁ、視聴率稼ぎなのはわかっておりますが、丁重にお断り致しました。
ですから、中井さんともお話をしてみないと何とも言えません。
私としては、お話をすることには何の抵抗もありません。
お互い、都合のつく日かあれば市船までお越しいただければと思います。
宜しくお願い致します』
 もう一度私は声に出して「え」と言いました。考えてもみなかった内容のお返事でした。驚いたことの一つに「某テレビ局のスタッフが来校されました」ということです。大義くんの告別式の様子に感動し、それを表現したいと思ったのは私だけではないということです。よく考えれれば、あの大義くんの記事は全国版の朝日新聞でした。全国の人が読んでいるのですから、反響も相応に大きいわけです。「みんな考えることは同じなんだな」と、今更そんなことに気づかされました。それ以上に驚いたのは先生の対応です。「視聴率稼ぎなのはわかっておりますが、丁重にお断りいたしました」というあっさりとした結論。先生が見ていらしたのは「あまりの誠意の無さ、情熱の無さ」だったということです。私はハタと我が身を振り返りました。私に誠意と情熱があるだろうか、と自問してみました。よく分かりませんでした。誠意とはなんだ、情熱とは、ということすら私には定義できませんでした。
「大義くんの死に様に感銘を受けたから、そこへ至るまでの彼の物語が知りたい」
 何度自分の心に問いかけても、出てくる答えはそれ一つだけでした。先生にお会いしても、私はこれを伝えるだけに尽きるだろうと予想されました。とても先生の「合格」がもらえる気がしません。それから、救いとも恐怖とも思える「お会いしてお話しなければ何とも言えません」という、とても単純明快な言葉。この高橋健一先生という人は、私が思っている以上に人格者かもしれないと思いました。忙しいスケジュールの中、見ず知らずの人間からの突然のメッセージにもこうしてきちんとお返事をくださるのは、日常においても一人一人ときちんと向き合える人なのかもしれないと思いました。だからこそ、あの吹奏楽部の一致団結があるのではないかと思いました。
 お返事がきたらすぐにでもお会いすべきだ、とA氏が仰っていたのを思い出し、私はその場ですぐにお返事を書きました。今度は(打ち合わせを中断していたせいもあってか)時間をかけずに以下のようなメッセージを作り、すぐに返信しました。
『お返事ありがとうございます。
お返事いただけただけでも嬉しいです。ありがとうございます。
明日、せめてご挨拶だけでも、御校に伺いたいです。先生は授業をしてらっしゃるかと存じますが、ご都合の良い時間を仰っていただければ、いつでもお伺いします。ご挨拶させていただいてから、改めてお話を伺える日時を決めさせていただければと思います。
何卒よろしくお願いします』
 私の最大のミスは、ここで勝手に訪問時間を昼間だと決めつけていたことです。学校が開いている時間に、と思っていたのです。すぐにと言っても、まさか翌日にご予定が空いてるわけはないと思ったので、ひとまず挨拶だけ、というつもりでした。先生の授業の合間にささっと訪ねて一言ご挨拶し、後日改めてゆっくりお時間をいただきたいと考えていたのです。しかし、この私の考えがまったく見当違いであったことに私はすぐに気づかされることになります。先生からのお返事はしばらくきませんでした。私はそのままその日の打ち合わせを終えました。帰宅して就寝する頃になっても、先生からのお返事はきませんでした。お返事のメールに何か失礼があったかと何度か読み返しましたが、きっとお忙しいのだろうと思い直しました。

(続く)

中井由梨子(作家・脚本家・演出家・女優)

代表作『20歳のソウル』(小学館/幻冬舎文庫)
映画化決定!2022年全国公開
出演:神尾楓樹/佐藤浩市


取材を初めて4年。
大義くんが愛した「市船吹奏楽部」はコロナの感染拡大で、苦難の時に立たされています。今年3月に行われた映画のロケでは、部員の皆さん総出で出演・協力してくださいました。顧問の高橋健一先生の熱い想いとともに、部員の皆さんのひたむきさ、音楽を愛する心、市船を愛する心がひしひしと伝わってくる撮影でした。皆さんに恩返しするためにもそして皆さんに出会わせてくれた大義くんに喜んでもらうためにも来年の映画公開に向け、少しでも多くの皆さまに、「市船吹奏楽部」を知ってほしい。私が『20歳のソウル』の前に書いていた取材ノートを公開します。これは、ごく一部の出版関係者の方にしかお見せしていませんでしたが、取材当時の様子が鮮明に描かれた記録です。私自身のことも多く書いてあり、少し恥ずかしいところもありますが、私と大義くんとの出会いを追体験していただけたら幸いです。

皆さまのお心に「市船soul」が鳴り響きますように。

大義くんからの「生ききれ!」というメッセージが届きますように。







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