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誰も知らない取材ノート✦初稿を公開!〔序章〕

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中井由梨子が『20歳のソウル』を書くにあたり取材した記録。当時の様子が鮮明に書かれています。取材ノートのため、『20歳のソウル』に登場する人物以外の実名は伏せてあります✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦

二〇一七年四月十二日。よく晴れた朝でした。いつも私は寝室のカーテンを閉めずに寝るので、朝になると部屋には煌々と朝日が射しこみます。その日は特に朝日が眩しくて目が覚めました。時計は八時を指していましたが、遅起きの私はまだ布団の中でぼんやりとしていました。ふと、枕元のスマートフォンがラインメッセージの着信を告げました。それでも私はぼんやりとしたままでした。再び着信音がしました。それでもまだ布団から出るつもりはありませんでした。俗にいう春ボケなのか、昔から四月というやつは、私にはどうも相性の悪い季節なのでした。いくら春とはいえ、朝からこんなに能天気な青空を広げられると、低血圧による目覚めの悪さも相まって、ため息しか出てきません。朝日に布団を照らされながら、起きて仕事をしなければという気持ちと、再び眠りに入りたい気持ちとでゆらゆらと揺れていました。再び着信音が鳴りました。さすがに私はスマホを睨みました。三件続けてのメッセージです。きっと同一人物でしょう。そして、こんな朝っぱら(私にとっては午前八時も早朝のうち)から立て続けにメッセージを送る人は、私の周りには一人しかいないな、と思いました。私は観念してノロノロとスマホに手を伸ばしました。画面を見ると、三件のラインメッセージが表示されています。予想通り、A氏からのメッセージでした。寝転がったままの体勢で、スマホを持った腕を天井に向かって伸ばし、画面を見上げます。ライン画面を開いてメッセージを読むと、こう書かれています。
「この記事、凄いよ」
 そんな短いメッセージ。下には、URLが張り付けてあります。このアドレスにアクセスして表示されたページを読みなさい、という指示です。さらにその下にまた短いメッセージで「読んでみて」とありました。
私の仕事は、一般的に言えば「作家」です。作家といってもいろいろな種類があり、小説家や脚本家、構成作家、ほかにアート作品を作る人なども作家と呼ばれるようです。私が主に手掛けているのは、舞台作品や映像作品などの台本で、普通は脚本家と呼ばれるお仕事です。他に、台本をもとに俳優に指示して作品を立ち上げる演出家の仕事、新人の俳優を教える演技トレーナーの仕事もしています。十八歳の頃に、友人に誘われて劇団に入団して以来、関わる人や場所は変化せども、変わらず舞台や映像などの脚本のお仕事を続けてきました。学生劇団をやっている時代にはよく、「次はこれが書きたい!」という意欲が湧いたものでした。作家もお仕事となると、外部から注文を受け、プロデューサーなり監督なりの要望に沿って本を書くことが多くなります。何年もそうやってお仕事を続けているうちに私は「書きたい!」という意欲を失ってしまったように思いました。「次はこれ、今度はあれ」というように指示を受けてから書き始めるという脳の回路がすっかり定着してしまっていたのだと思います。映像監督であるA氏は、そんな私にとっていつも助言をくださる貴重なアドバイザーでした。私も作家である以上、受け身でばかりお仕事をせず、もっと能動的に「書く」という武器を使って、自分らしい仕事をしたいと願っていました。心から情熱を傾けて書ける題材を探していたのだと思います。A氏は普段から、「事実は小説より奇なり」ということわざに従って、実際に起こった事件や出来事から創作のヒントを得られないかと、世の中の興味深い記事やニュースを見つけると、私にこうやって知らせてくださっていました。A氏が新聞記事を送ってくださることは、私にとっては有難いながら日常茶飯事のことだったのです。A氏が送ってくださる記事はどれも興味深いものばかりでしたが、しかし、いざそれをもとにしてストーリーを描いていくということはそれまでなかなかイメージできませんでした。「自分らしく書きたい」というのは口ばかりで、実際は日々の雑務に追われて何もできていませんでした。ですから、その時A氏が送ってくださったメッセージも、読み始めるまでは何も意識していませんでした。寝転がったままでそのURLをタップし、記事を開いてみました。ただちにインターネットに接続され、該当ページが表示されます。予想通り、ニュースサイトの記事です。ページの最上段に「朝日新聞DIGITAL」とあります。記事の見出しはこうでした。
「市船soul、タイギの曲よ永遠に 告別式に響いた旋律」

                              (続く)


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中井由梨子(モザイク東京主宰・作家・演出家・女優)
代表作『20歳のソウル』(小学館/幻冬舎文庫)映画化決定!
2022年全国公開☆出演:神尾楓樹/佐藤浩市


取材を初めて4年。
大義くんが愛した「市船吹奏楽部」はコロナの感染拡大で、苦難の時に立たされています。今年3月に行われた映画のロケでは、部員の皆さん総出で出演・協力してくださいました。

顧問の高橋健一先生の熱い想いとともに、部員の皆さんのひたむきさ、音楽を愛する心、市船を愛する心がひしひしと伝わってくる撮影でした。

皆さんに恩返しするためにも、そして皆さんに出会わせてくれた大義くんに喜んでもらうためにも、来年の映画公開に向け、少しでも多くの皆さまに、「市船吹奏楽部」を知ってほしい。

私が『20歳のソウル』の前に書いていた取材ノートを公開します。
これは、ごく一部の出版関係者の方にしかお見せしていませんでしたが、取材当時の様子が鮮明に描かれた記録です。私自身のことも多く書いてあり、少し恥ずかしいところもありますが、私と大義くんとの出会いを追体験していただけたら幸いです。

皆さまのお心に「市船soul」が鳴り響きますように。

大義くんからの「生ききれ!」というメッセージが届きますように。

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