見出し画像

人類は「アファンタジア」を正しく検出できるのか?

前回の記事では、「心像 imagery」という概念を提示し、それが無い状態、すなわち「アファンタジア aphantasia」を紹介しました。

アファンタジアを一言で要約するなら、次のようになります。

「視覚心像を作れない状態」

そして、これが先天的に起こっている場合に「先天性アファンタジア」と呼ぶのでしたね。

これに対して、何かの病気や出来事によってアファンタジアに陥った場合には「後天性アファンタジア」と呼べます。

今回は、さらにここからもう一歩進んでいきます。




見えないものをどう測定するか

はじめに、前回紹介したゼーマンの症例報告(Zeman, 2010)に戻りましょう。

ゼーマンの報告した後天性アファンタジアの症例は、一般的な神経心理検査(いわゆる知能テストや認知機能検査)では異常を検出できませんでした。

一つ明らかだったのは、「視覚心像が形成できなくなった」という本人の訴えです。


実は現在のところ、先天性・後天性を問わず、アファンタジアの根拠としてコンセンサスを得ているものは「本人の主観」以外にありません。

ですから、アファンタジアを評価する手法として最も普及しているのは、この「本人の主観」を数値化するための質問紙なのです。

この質問紙は「VVIQ (Vividness of Visual Imagery Questionnaire)」という名で知られています。
直訳するなら、「視覚心像鮮明度質問紙」という感じでしょうか。
(※「言語性知能指数」の「VIQ」とは何の関係もありません)

このVVIQという質問紙は「アファンタジア」の概念と比べると意外に古く、1973年にマークスという心理学者が論文で使用したものです(Marks, 1973)。

ゼーマンが示した後天性アファンタジアの症例では、心理学的検査で示された明らかな異常は「VVIQが最低点であったこと」だけだったのです。

ゼーマンがこの報告で用いたこともあり、VVIQは現在でもアファンタジアを判定するゴールデンスタンダードとなっています。

先天性・後天性を問わず、現時点で「アファンタジアである」ことを心理学者が確認する方法は「VVIQのスコアが極めて低い」という一点に委ねられています。


ただし、ネットで検索すると出てくるVVIQはほぼパチモンです。お気を付けください。……と、原作者であるマークス自身が警鐘を鳴らしています(Blomkvist & Marks, 2023)

こうしたWebページでは、あたかもマークスやゼーマンが研究で使ったVVIQを載せているかのように書いていますが、内容は異なっているようです。

怪しい市民団体が自分の検査の名を騙ってこういうヤンチャをやってる件については、原作者であるマークスはかなりブチ切れてるなかなか心を痛めているようで、上記のレターには割と強めの語調で批判がつらつらと書かれていてたりします。

「東大の入試問題を解いてみよう!」とか言いながら東大実戦模試の問題を貼り付けてるようなもんですから、そりゃ本物の作者はお気持ち表明したくもなるってなもんです。


VVIQをどう位置づけるべきか

VVIQには16問の設問がありますが、設問と言っても「対象物や情景をイメージする(視覚心像を作る)ように求められる」という内容です。

そして全ての設問に対して選択肢は同じで、「実際に自分の視覚心像がどうだったか」を以下の5択から選ぶようになっています。

・Perfectly clear and as vivid as normal vision(完全にハッキリしていて,実物を見ているようである。)
・Clear and reasonably vivid(かなりハッキリしているが,実物を見ているほどではない。)
・Moderately clear and vivid(ハッキリした程度は,中位である)
・Vague and dim(ボンヤリしていて,かすかである。)
・No image at all, you only “know” that you are thinking of the object(全くイメージが浮かばないで,ただ言われたことについて自分が考えているということが,「わかっている」だけである。)

原著: Marks (1973)、和訳: 菱谷(2005)

点数の付け方は、初期のVVIQと現在の主流とで大小が逆転しています。

最初のVVIQ (Marks, 1973)では、「最も鮮明(一番上の選択肢)なら1点、全く心像が作れない(一番下の選択肢)なら5点」とスコアリングしていました。

ただ、これだと「視覚心像の鮮明な人ほど低い点、視覚心像の不鮮明な人ほど高い点」ということになり、直感的に分かりづらいのです。

なので、ゼーマン (2010)を含め多くの研究者はスコアリングを逆にしており、「最も鮮明なら5点、全く心像が作れないなら1点」とする採点が一般的になっています。

マークス自身も、VVIQの改訂第2版では「最も鮮明なら5点、全く心像が作れないなら1点」を採用しています。

というわけで、神崎の記事でも基本的には「最も鮮明なら5点、全く心像が作れないなら1点」の採点方式を前提に話を進めていきます。


本当の意味で「全く視覚心像が作れない」アファンタジアであれば、全ての設問で「1」が付くことになります。

逆に、全ての設問で「5」が付くような人たちを、ゼーマンは「ハイパーファンタジア hyperphantasia」と名付けています。こちらも興味深いトピックではあるのでいつか扱いたいですね。

ここではひとまず、
最低点=16点=全ての設問でまったくイメージなし=アファンタジア
最高点=80点=全ての設問で実物同様のイメージ=ハイパーファンタジア
ということを押さえておいて下さい。


さて、上記の質問で「1」が付くことの異質さについては、多くの人がピンと来ることでしょう。

目を閉じてキリンの姿を浮かべようとした時、「形も色も何も頭に浮かべられない」という人は、この記事の読者でもあまりいないかと思います。

有名な小説が映像化されると、一部で「イメージと違う!」といった反応が見られたりしますが、これはある意味で「文章で示されたキャラクターに対して何らかの視覚心像を作っている人が多い」ことの傍証と言えるかもしれませんね。「心の目で見たもの(視覚心像)」がある程度鮮明だからこそ、それと齟齬があることに違和感が生じてしまうのでしょう。


「世の中の多くの人は、多かれ少なかれ視覚心像を持っている」という前提で見ると、2から4の選択肢はなかなか難解です。

視覚心像の鮮明さについて「ハッキリ」とか「ぼんやり」とか言われても、脳の障害で突然異常が出たような人でない限り、「自分にとってはこのくらいぼんやりしているのが普通だけど、これってどのくらいなんだろう?」と思ったりしませんか?

この中間の選択肢については精神状態や自意識やパーソナリティによってもかなり左右されるように思えます。


実際、このような「中間層」の位置付けを巡っては専門家の間でも見解が割れており、特に2大オピニオンリーダーであるゼーマンとマークスが異なる立場を取っていることで更に混迷を極めています。

この論争については掘り下げると長くなるので、次の記事でまた触れましょう。


アファンタジアに共通した認知特性はあるか

ゼーマンの後天性アファンタジアの症例(Zeman, 2010)では、VVIQ以外の心理学的検査で異常と言えるものは見出せませんでした。

また現状を鑑みても、世界中の心理学者がアタマをひねってもVVIQに代わる検査手法は生まれていないわけで、「視覚心像の欠落」を行動神経学的なアプローチで捉えることは困難を極めています。

言い換えれば、「健常人には解けるがアファンタジアの人には解けない問題」というものが現時点では存在しない(少なくとも世界の専門家は誰も発見していない)ということです。


これはアファンタジアの人たちにとっては朗報です。

少なくとも(現時点の知見に基づく限り)、アファンタジアを持つ人が「アファンタジアが直接の原因となって何らかの社会的制約を受ける」ことは無いということですから。


しかし、「アファンタジアに伴いやすい認知機能低下の可能性」まで視野を広げるならば、まだ議論の余地が残っています。

そもそも、VVIQを発案したマークスの当初の研究(Marks, 1973)は、「主観的な視覚心像の明瞭度が低い人(VVIQのスコアが低い人)は、客観的な視覚認知の検査においても点数が低い」という結果が出ているのです。

ただし、これは「先天的に視覚心像の明瞭度が低い人」を対象にしているものの、「健常人の中でVVIQスコアの低い群」を抽出しただけであり、それが「先天性アファンタジア」とイコールなのかという疑問が残ります。

ちなみに、VVIQの翻訳を行った菱谷(2005)も、VVIQのスコアの高低によって「心的回転mental rotation」課題を解くスピードが異なるというデータを出していますが、これも「健常人の中でVVIQスコアの低い群」と「健常人の中でVVIQスコアの高い群」を比較しただけです。

その他にも、「エピソード記憶の細部の想起が苦手な傾向がある」と示唆している先天性アファンタジアの集団研究などもありますが、こうした「先天性アファンタジアを対象とした集団研究」については、後で述べるように根本的な問題点も指摘されており、一旦判断を留保した方が良さそうです。


結論としては、「視覚心像だけがピンポイントで失われている人」もいれば「視覚心像の低下とともに、別の視覚的・空間的な認知能力の低下も併発している人」もいる……としか言いようがないのが現状です。

ただ、後者のように「アファンタジアに別の機能低下が併存している」場合には、「動作性知能指数が低い」とか「視覚性記憶指標が低い」といった別の検査スコアの結果で捉えられる所見があるわけですから、やはり「アファンタジア」というカテゴリにハンディキャップの重点を置く妥当性というのは現時点で見出せないでしょう。


「アファンタジア」という状態「そのもの」は、今のところ客観的な検査では捉えられない。
それ故に「アファンタジアそれ自体によって社会において不利益を被る」ことはおそらくほとんど無いと想定される。

……というのが今回のまとめになります。

次回の記事では、アファンタジアの研究と社会活動をめぐる諸問題まで掘り下げていきたいと思います。


次の記事が出たら↓ここにリンクが付きます。




確認テスト

以下Q1~Q3の各文について、誤りがあれば修正しなさい。(解答・解説は下にあります)


Q1: Vividness of Visual Imagery Questionnaire (VVIQ)のオリジナル版はZemanが作成した。


Q2: VVIQは視覚的記憶能力を客観的に数値化するものである。


Q3: Aphantasiaを測定する検査はインターネット上で受けることができる。


以下に解答と解説があります。




解答・解説


A1: Vividness of Visual Imagery Questionnaire (VVIQ)のオリジナル版はMarksが作成した。

 ちなみにMarksのオリジナルのVVIQを勝手にZemanがアレンジして「Zemanバージョン」作っていますが、これはヴァリデーションも何もされていないので「それ科学的にどうなのよ」とMarksにツッコミを入れられています(Blomkvist & Marks, 2023)。


A2: VVIQは視覚心像の鮮明さ主観的に数値化するものである。

 VVIQは、名前に「Questionnaire (質問紙)」と入っているように、「質問紙法」と呼ばれる検査手法です。言ってみればアンケートですね。当然ながら客観的ではなく、回答者の主観がほぼ全てです。とはいえ、質問紙法でも分布や相関性が明らかにされていれば科学的な指標として一定の意義のあるものとなります。このように心理学的検査の有用性を測定する科学的な手続きを「ヴァリデーションvalidation」と呼びます。ヴァリデーションは「被検者の単なる主観」を「科学的指標」にするための手続きだからこそ重要なのですね。


A3: インターネット上で検索してヒットする検査のほとんどは無意味な独自検査である。

 インターネットで検索すると独自バージョンのVVIQを公式であるかのように見せかけた悪質なものばかりヒットする……というのは本文中に書いたとおりですが、これらはヴァリデーションされた形跡がありません。「ヴァリデーション」の重要性は上に述べたとおりで、このような「ヴァリデーションのなされていない検査」は、いかにそれらしく作ってあっても心理学的には何の意義も無いのです。同様のことはインターネット上で「知能」や「人格」を測定すると称した大多数の独自検査についても言えます。これらは科学的には「星占い」と大差ありません。




【引用文献・参考文献】

  • Zeman AZ, et al. "Loss of imagery phenomenology with intact visuo-spatial task performance: A case of ‘blind imagination’." Neuropsychologia 48.1 (2010): 145-155.

  • Marks DF. Visual imagery differences in the recall of pictures. Br J Psychol. 1973;64: 17–24.

  • Marks DF. "New directions for mental imagery research." (1995).

  • Blomkvist A, Marks DF. Defining and “diagnosing” aphantasia: Condition or individual difference? Cortex. 2023;169: 220–234.

  • 菱谷晋介 (2005). イメージ能力の測定 菱谷晋介・田山忠行(編著) 心を測る 八千代出版


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?