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自分が自分を大事にする

私の今年の目標は「セルフケアの引き出しを増やす」。
その目標に後押しされるように、普段あまり手に取らないタイプの本を読んでみた。
その名も『どうかご自愛ください 精神科医が教える「自尊感情」回復レッスン』(ユン・ホンギュン、岡崎暢子訳/ダイヤモンド社)。
ジャンルとしては自己啓発書になると思う。
細かく見出しが付けられていて重要な文章には太字、というビジネス書によくある体裁で、ビジネス書も自己啓発書も滅多に読まない私はちょっと気おくれしたのだけれど、タイトルの引力に抗えなかった。
ご自愛、したい。この低い自己肯定感も、どうにかしたい。
以下、本書の内容を咀嚼して自分に落とし込むための長いnoteです。

そもそも自尊感情とは?

本書を知ったきっかけは『自分のために料理を作る――自炊からはじまる「ケア」の話』(山口祐加、星野概念(対話に参加)/晶文社)だった。
この本のなかで、自尊感情(=自己肯定感)とはなんぞや?という部分が引用されていた。
私は自尊感情が低いという自覚も問題意識もあるけれど、そういえば自尊感情の定義を考えたことはなかったな……と興味を持ったのだった。
また、『自分のために料理を作る』がとても良い本だったので、そのなかで引用されているならと信用度が増した面もある。
(私は自己啓発書全般に対して疑ってかかるところがある。)

『どうかご自愛ください』によれば、自尊感情は3つの基軸から成る(p.19)。
①自分がどれだけ他者・社会の役に立っていると感じられているか
➁自分らしくありたい、自分の望み通りにやりたいという本能を満たせているか
③持続的な安心感を得られているか
これを知って、あれ、私これ全部だめじゃない?と気づいた。

まずほぼ専業主婦で社会との接点自体少ないし、2才児に対して世話をするのは保護者の義務であり特権だと思っているから役立つという言葉はしっくり来ないし、夫の役に立てている気もぜんぜんしない。
それに毎日の生活は自分よりも2才児優先、家事も含めて自分のペースで動ける時間は少ない。
自宅保育は常に意識の数割を2才児に向けていて、「安心感」とはほど遠い。
夫も仕事が忙しくて二人で会話できる時間が格段に減り、夫が忙しければ私のワンオペ時間も長くなり、当然自分のために自由に使える時間も減っているわけなのだった。
私は両親と折り合いが悪く実家を頼る選択肢はないため、いまの自分の家以外に“避難所”がないのも心の余白を狭くしている気がする。

と、羅列するとなんだか自尊感情を回復させるどころか、その逆をひた走っているようだ。
本書のなかに「自尊感情の傷つきやすい職業」として専業主婦が挙がっているのも納得である。
しかし、同じくワーキングマザーも挙げられている。
母となった以上どの道も修羅ということか。もはや母という役割自体が自尊感情が傷つきやすいと言えそうだ。

科学的な説明

サブタイトルのとおり本書の著者は精神科医なので、脳のメカニズムなどが科学的に説明されている。それがこの本の良さだと思う。

例えば「我々の脳の記憶をつかさどる『海馬』と感情をつかさどる『扁桃体』が隣り合っている(中略)から、悲しいときには悲しい出来事を思い出しやすく、つらいときには過去のつらい出来事を思い出しやすいのです」(p.126)。
こういう科学的な理屈をインプットしておけば、ネガティブ思考がぐるぐるしてうじうじしちゃうときも「いま海馬と扁桃体が連携プレーしてる!」と客観的に自分を見つめることもできるのではないか。
「無気力の状態から抜け出したいなら、まずは体を動かすことです。(中略)必要以上に考えることをやめましょう。やるかどうかを悩み続けることこそ問題です。それによって脳は疲れ、疲れた脳は否定的な考えを作り出します」(p.230)という部分では、身に覚えがあるだけに頭でっかちになりがちな自分を反省した。

また、私は感情の言語化が遅くて、家族喧嘩のときなんかに感情を上手く伝えられず悩んでいたけれど、その理由も書いてあった。「感情は本能の領域にあり、言葉で表現することは理性の領域にある」(p.165)ため、その領域を越境するのは難しくて当然とのこと。
それなら致し方あるまい、と言語化の遅さに対して後ろめたさを感じるのはやめた。

決定権についての気づき

「自分に自信がもてず、できるだけまわりに合わせていました。(中略)それは他人を気遣った親切心ではなく、単に自分が信じられず、失敗が怖かったからにほかなりません。決定権を他人にゆだねていたにすぎない」(p.4)との言葉にはギクッとした。
「自分を低く評価していると、相手に多くのことを求めるようにもなります」(p.63)という指摘も自分に当てはまる。
例えば夫に夕ご飯のリクエストを尋ねるとき。友人と待ち合わせ時間を決めるとき。
私は優柔不断で、いろんな選択肢を考えては脳がキャパオーバー状態になってしまう。
こんなところでも頭でっかちになって迷いすぎて、できれば相手に決めてほしい、と思うのが常だった。
本書にはこうも書いてある。「自尊感情とは、感情的に見ると自分を愛する心であり、理性的には自ら決定し、自分の決定を尊重する能力なのです」(p.322)。
つまり憲法で定められているところの「自己決定権」を大切にすることが自尊感情に結び付くのか、と気づいた。
相手の都合もあるし……と自分に言い訳していたけれど、きっともっと自分勝手でいいのだろう。相手の都合が分からなければストレートに訊けばいい。
私は自尊感情を感情的な面で捉えていたけれど、理性的な面からアプローチしたほうが改善しやすいかもしれない。

過去との向き合い方

つらい過去を手放す心理学的アプローチも参考になった(p.123-124)。
①一般化(自分だけじゃないと気づく)
➁罪の意識を手放す(客観的な視点から自分のせいじゃないという確信を得る)
③知識化(なんとなく感じていたつらさを理性的に理解・解釈する)

私は先日初めてきょうだい会(障害者の兄弟姉妹が集まって経験や悩みなどを話す会)に行ったのだけれど、まさにこれだな、と思った。
自分と同じ境遇の人に会い、同じような経験を分かち合う。
そこでは経験を言語化するプロセスがあり、他者から気づきを得たり客観的な意見をもらったりする。

そう考えると「共感」も、他者からの肯定や理解によって一般化と客観的視点を得るコミュニケーションなのではないだろうか。つらい過去に限った話ではなく。

つらい過去を抱え込んでしまう原因として、「何事も自分と結びつけてしまう習慣は、神経質の種となり、自尊感情にとっても致命的」(p.255)というのも重要そうだ。
家族がイライラしているとつい、自分が何かしたかな?と思ってしまうのはやめたい。

回復のためのアクション

科学的説明とともに、今すぐ実行可能なアクションを紹介しているのも本書の良いところ。
多くのアクションが紹介されていて、そのなかでも自分が実行しやすそうだなと思ったのは以下。

・紙を1枚用意して半分に折り、自分の長所と短所を書き出し、どんなところが愛される資格がない・信用できないと感じるのか、言語化して、自分に関心を持つ(p.40)。

・「一人の人間に集中できる総量が100ならば、この中の30くらいの関心を配偶者に割り当てられれば関係改善の余地が生まれます」(p.198)。

・過去にちがう道を選んでいたら、今どうなっているか書き出してみる。そして、今からそうなるための行動目標を未来形・肯定形で書き出す(p.131)。
(あのときああしておけば……も後悔の渦として出てきがち。でもちゃんと順序立てて考えてみると、そのパラレルワールドもあんまり魅力的じゃなかったりする。)

・「バタフライチェア・テクニック」
椅子にゆったり腰かけ、手のひらが二の腕に触れるように両腕を組む。目を閉じて、手のひらで触れている腕を1~2秒間隔で交互にポンとタッチする。そうしながら自分に言い聞かせるように、「私はベストを尽くした」「私なら大丈夫」など肯定的な言葉を声に出す。(p.316-317)

・自分が望んでいること、やるべきことを文字に書き起こして見える化し、「今、この場」に集中する(p.330)。自尊感情が高い人は「現在」に目を向けているから、それに近づくためのアクション。

・脳は原因と結果を混同する性質があり、「些細な行動でも自尊感情が回復した人のように行ってみれば、脳が健康になり自尊感情が回復します」(p.334)。


本書を読み終わってからひと月ほど経つ。
ネガティブ思考が渦巻くとき、ふとこの本のことを思い出す。
それでリングフィットをしたり、目の前のことにとりあえず手をつけたりする。
負のスパイラルを断ち切るすべが増えた感覚だ。
もちろん毎回上手くいくわけじゃないけれど、この本の内容が私の血肉になってきているのは気のせいじゃないはず。
これからは頭でっかちの自分(このnoteを書いているのも頭でっかちの一部だけれども)を自覚して、自分の自己決定権を大事にして、身体も動かしていきたい。
ご自愛の道は険しいけれど、進んでいったらきっと楽になれるだろうから。

この本を読んで、脳と感情のこと(脳内物質とか)を知りたくなってきている。新書くらいの易しさで良い本があればぜひ教えてください。


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