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この絵本の魅力はどんなところ?  ――翻訳という船の行先を考える

【ワークショップ】絵本翻訳ワークショップ
【日時】2023年9月16日 土曜日 16:00-17:30
【参加者】6名
【講師】ふしみみさを(英仏翻訳者)
【場所】埼玉県越谷市 駅から徒歩5分 カフェあかね.ya

【様子】絵本翻訳ワークショップ 第4回目。『I’ll Protect You from the Jungle Beasts』(マーサ・アレクサンダー作) を丸ごと訳すことに挑戦。本の個性と魅力をいかす方法について、話し合ってみました。



まずは、絵本の印象をシェア。すると…

翻訳講座も4回目。

今回は、初めて絵本を丸ごと訳すことに挑戦です。

 テキストに選んだのは、
『I’ll Protect You from the Jungle Beasts』(マーサ・アレクサンダー作)。

 

原書と日本語訳の絵本は、表紙の背景の色が異なる。

登場人物は、小さな男の子とクマのぬいぐるみ。

二人で深い森を散歩して、男の子は最初、クマのぬいぐるみに、
「こわがらなくていいよ。ぼくが守ってあげるからね」と、
いかにも頼りがいのあることを言うものの、

だんだん心細くなって……というお話。

 

茶、黄、水色の三色で描かれた、
とてもやさしく、やわらかな絵本です。

参加者は6名。おなじみの方も、初めての方もいらっしゃいます。

 

今回は、翻訳にとって、もっとも大切なことのひとつ、
「翻訳という航海を、どこに向かって舵を取るか」について、
いっしょに考えてみようと思いました。

 

そのために、まずは参加者のみなさんに、
この本の印象についてお聞きしてみることに。

 「全体がぼうやの強がりでできている。その感じがかわいい」

「ちいさい子が自分のクマにいっしょうけんめいいばってみせるところが、ほほえましい」

「最初は強がって、クマに『ぼくが守ってあげる』と言っているくせに、最後はクマに抱っこしてもらう。その流れが愛らしい」

「強がりすぎて、ギャグに思える」

「ロンパースをはいている赤ちゃんなのに、やたら言い訳が多くて、おかしい」

「背景にある深い森が、子どもが成長していく時間の流れを象徴しているよう」

などなど。

 

この感想だけでも、すでにバリエーション豊か。
ひとりひとり、こんなふうに感じながら、訳していくのですから、
それぞれの訳が違ってこないわけがありません。

さあ、どんな訳が出てくるか、楽しみ!です。

 

この本の好きなところ、素敵に思うところは?

訳者というのは、その本の魅力を最大限に伸ばしていく、プロデューサーでもあると、わたしは思っています。

自分が訳す本の性質や魅力をつかみ
(そしてそれは、訳者がだれよりわかること)、

そこをしっかり伝え、伸ばしていく文をつくる。

訳す人が感じた「魅力」や「この本のおもしろさ、よさ」を目的地に
設定し、「翻訳」という航海に出発。

船の舵を取っていきます。

途中、いろんなことがあって、
迷ったり、ぶれそうになったりしたときは、船首を目的地に向け直す。

そうやって、微調整を加えながら、進んでいきます。


かんなを、ひとかけ、ふたかけ

この講座をやっていて、感激するのが、
最初、硬かった訳が、回を重ねたり、修正を加えていったりするにつれ、
どんどん自由に、伸びやかになり、
素直な訳す人自身が出てくること。

英語の原文がありますから、
そこに引っ張られてしまうのはあたりまえ。

でも、翻訳調になってしまうのは、子どもの本には合いません。

とくに今回は、ぬいぐるみを抱っこした、
三歳くらいの男の子のひとり語り。

男の子が使う言葉にならしていかなくてはなりません。

 

「ぼくが きみを まもってあげる」

「ぼくが きみを まもってあげるから」

「きみを まもってみせる」

「ぼくが まもってあげるよ」

これはすべて、今回参加してくださったみなさんの
I’ll protect you from the jungle beast の訳です。
(※Youは、クマのぬいぐるみのこと)

 

それぞれ、訳す人の個性が出ています。
ほんのちょっぴり語尾がちがうだけで、
伝わってくるものがちがうと思いませんか?

 

例えば、三歳の子どもが、自分のぬいぐるみを
「きみ」と呼ぶとは思えないので、これを抜く。

たったそれだけでも、かなり自然になりますよね。

 

こんな感じで、ちょっと硬いところ、

原文にひっぱられてしまっているところを、
かんなをかけるように、ちょっとずつ削って、
直していくと、どんどんいい訳になっていく。

 

と同時に、訳す人に新たな目が開き、
自然と別の部分も直したくなり、
全体が素直な、自分らしい言葉に変化します。

 

意外とアドリブも悪くない

宿題が間に合わず、最後まで訳せなかった方が、
途中からアドリブで、訳し始めました。

それが、とってもいいのです。

アドリブでみんなの前で発表するわけですから、
うまくやろう、きちんとやろうという余裕がなくなって、
そのままのご自身が自然と出てくる。

 

たとえば、画家の場合、

さらりと描いた下描きが、本番として描いたものより
よかったりすることがあります。

これはまだ下描きだし、いくらでもこれから変えられるからと、
まったく身構えずに描いた絵は、伸びやかで魅力たっぷり。

 

翻訳や文章も、そんなところがある気がします。
どんなへたくそでも、だめでもいいから、
とりあえずやってみる。

細部はあとでじっくり直していけばいいのです。

より自分らしくいられる方向へ。

自分の心が感じたものを
素直に、臆せず表せる方向へ。
過程を楽しみ、おもしろがりながら。

そうやって船を進めていきます。

 

そしてみなさんの感想は……?

 初めて本をまるごと訳すのは、なかなかハードだったはず。
しかもこの本、やさしそうに見えて、
じつはかなり手ごわい相手です。

でもみなさん、終始とっても楽しそうでした。

 

ワークショップの終わり際に、
感想をお聞きしてみると……

「人によって、選ぶ言葉がぜんぜんちがうのがおもしろい」

「一冊、丸ごと訳したおかげで、文章だけでなく、絵もよく見ることができた。絵に描いてあることは、文章に書かないように気をつけた」

「やっぱりこの本、心温まるというより、ギャグに思える」

「この絵本が好きで、翻訳本も持っているけれど、わざと読まずに挑戦した」

「オチにそんな意味があるなんて……」

「この絵本、触感や触り心地も大切にしている気がする」

どんどん個性豊かな感想が飛び出してきました。

 

人前で訳を発表するのは、緊張するでしょうに、
みなさん、伸びやかな、ぴかぴかの笑顔をしていらっしゃいました。

 

次回は、絵本ではなく、
子ども向け、もしくは中学生向けの読み物も
やってみようかなあと思っています。

絵本が得意な人、読み物が得意な人、両方とも得意な人、
それぞれいるので、ご自身で体感してくのも、おもしろいかと。

参加してくださったみなさん、本当にありがとうございました!

 (ふしみみさを)

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ゆるく。そして、ここちよく。

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