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【実例つき】翻訳の答えは、ひとつじゃない。

【ワークショップ】絵本翻訳ワークショップ
【日時】2023年7月29日 土曜日 18:00-19:30
【参加者】5名
【講師】ふしみみさを(英仏翻訳者)
【場所】埼玉県越谷市 駅から徒歩5分 カフェあかね.ya

【様子】絵本翻訳ワークショップ 第3回目。前回に引き続き、『Little Boy Brown』(イソベル・ハリス文 アンドレ・フランソワ絵)を教材に、絵本の話や文章の話をしました。


余韻を訳す

 暑い暑い夏の夕方。
あかね.yaの向かいの中庭には、
桂の木が大きく枝を広げ、涼やかに水がまかれています。

 店主の山﨑さんが淹れてくれた、とびきりおいしいコーヒーを飲みながら、参加してくださる方々と、講座の前にのんびりおしゃべり。

桂の木の向こうに、翻訳ワークショップの明かりが灯る

 やがて、18時がやってきて、
参加者全員がそろいました。

さあ、講座のスタートです。テキストは前回に引き続き、
『ブラウンぼうやの とびきり さいこうの ひ』。

その最後の4場面です。

 

この本の最大の魅力のひとつは、「余韻」です。
読者は読み終えたあとに、何とも言えない幸福感に包まれます。
余韻の泡の中に漂っているような。

 

幸福感とひとつまみの切なさ

 

とはいえ、このお話は、ただ幸福なだけではないのです。

ほんのひとつまみ、切なさがある。
これがたまらない。

たとえば、名作『がまくんとかえるくん』(アーノルド・ローベル作)も、ユーモアに加えて、ひとつまみの切なさがありますよね。
それが、ものすごーーくいい。

小豆を煮る時に入れる、わずかな塩のように、
味わいに深さが加わるのです。

そんな魅力を、最大限に見せられるように、「それぞれの」訳を探していきます。

「正解」ではなく、自分の訳を見つけにいくのです。

 

訳者の腕の見せ所

 

この講座は、英語の勉強ではありません。
訳すことを通し、絵本の文章をいったん自分の身体を通り抜けさせて、
そのうえでそれぞれの言葉で語ること。

文章を味わい、文章を作る面白さを体感していくことをめざしています。

ふだんの読書とはまったく違いますし、
頭で読むこととも違う。


そのため、これまでの講座では、
原文と日本語の訳文を並べてくらべることは、
あえてしてこなかったのですが、

じつはぱっと読んですぐ意味が取れるような、ごく簡単な英文が、
物語の肝だったり、作品のカラーや登場人物の性格を決めたりすることがある。

それが翻訳のおもしろさであり、
訳者の腕の見せ所。

そして、訳にはさまざまな方法があり、答えはけっしてひとつではない。

今回はそれを、みなさんといっしょに体験していくことにしました。

 

かんたんな英文だけれど……


主人公のブラウンぼうやが、友だちであり、メイドでもあるヒルダの家で
夢のように楽しい一日を過ごし、いよいよ家に帰る場面。

ブラウンぼうやは、ヒルダといっしょにバスに乗り込みます。 

It (※the bus) was empty and we were the only people who got in.

参加者のみなさんは、

「バスは がらがら」
「おきゃくさんは ぼくら だけ」
「乗ったのは ぼくら だけ だった」

などと訳してくれました。

どれもすてき!
ばっちりです。

どの文にも、さりげないけれど個性があります。

絵が浮かんだり、
ちょっと映画っぽかったり、
小説っぽかったり。

訳はすべて合っているけれど、音も雰囲気も違う。
それが、たまらなくおもしろい。
 

登場人物の性格を通して、訳者の性格が見えてくる

 
さらに、もうひとつ、具体例を。

 The elevetor was full of brand new people, so John, the elevator man, had to give me his Excuse-me-I'm-busy wink.

 みなさんがそろって「むずかしかった」と言ったのが、
Excuse-me-I'm-busy wink のところ。

 

「ごめんね、いそがしくて」
「いそがしくて ごめんな」と ウインク。
「いそがしいから あとでな」
「いそがしいので、しつれい!」
「今、とっても いそがしいんだ。ごめんな」 

などなど、さまざまな訳が出ました。

ここの訳で、ジョンの性格がはっきり伝わってくると思いませんか?

「ごめんな!」と「しつれい!」では、浮かんでくる人物像が違う。

アンドレ・フランソワのイラストの「ジョン」を見ながら、このセリフを言ってみると、また楽しい。

そしてジョンのこの口調は、じつは訳者の口調でもある。

訳者自身が透けて見えるのです。

 

ただ自分の楽しみのために


それにしても驚いたのは、参加してくださったみなさんの訳す力が、ジャンプアップしていたこと!

全員、前回から引き続き、来てくださった方々なのですが、
正直、とても驚きました。

文章がぐっと引き締まり、ものすごく伸び伸び、生き生きしている。

ご自身の言葉で、絵をしっかり見ながら(絵本では、これがとっても大事!)、語っている。

わたしはプロ向けの、絵本翻訳ワークショップをしたこともありますが、
プロでもなかなかここまでできるものではないのです。

みなさん、絵本が好きなこと、そして何より、訳すこと、絵や文と向き合うことを、素直に楽しんでいる。

「いい訳をしてやろう」なんて思っていなくて、
ただただ自分の楽しみのために訳している。

それが素直にまっすぐ出ています。

すてきだなあ、いいなあと、わたしまでうれしくて、わくわくしてしまいました。

温かい、とってもよい時間でした。

そうそう、終わったあと、今回こそ、みなさんに感想を聞こうと思っていたのに、また忘れてしまいました。

よかったら、今度聞かせてくださいねー!

(ふしみみさを)

 
0+0 ゼロプラスゼロ
ゆるく。そして、ここちよく。


次回の絵本翻訳ワークショップは、
2023年9月16日 16:00-18:00
あかね.ya ワークショップスペースにて

お申込みは、ゼロプラスゼロのInstagramのDMにて
承ります。

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