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なんかエモーショナルな愛媛旅行の記憶

2025年に大学を卒業する学生の内定率が6月1日時点で82%になったとのニュースを見た。
逆に言えば6月時点で内定が出ていない人がだいたい5人に1人はいるという計算になるわけだが、思えば私も内定が出たのは9月なので、その1人だった。

就職活動中はなかなか精神的に不安定な時期だ。ちょっとした気分転換もかねて旅行をすることにした。海を見ようと思い立ち、当時住んでいた大阪から、「日本一海に近い駅」として有名な愛媛県・下灘駅に行ったことがあった。

松山市から下灘に向かう列車は電車ではなくディーゼルで、大きな鉄の塊が震えながら進み、がたがたとした線路の振動を直に客車に伝えていた。

その道中、電話が鳴った。
当時受けていた会社からの電話である。
先日最終面接を終えていたこともあって「もしかしたら…」と期待をしながら電話をとる。

先方は電話で結果を伝えてくれた。「残念ながら採用を見送ることになった」とのことだった。
電話でわざわざ不採用を伝えるというのも丁寧なのか何なのかよくわからないが、あれこれフォローの話をしてくれた後「ウチではないとダメだという意志がもう一つ伝わりきらなかったようだ」とフィードバックをしてくれた。

わたしはひとひとりいない電車の中で「そうですかあ、お世話になりましたあ」などとふぬけた返事をして電話を切った。「また落ちたなあ」という実感が心に広がる。

ふと見上げると車窓から海が見えた。ぼーっと眺めていると、私がまさにこれから仕事を通じて飛び込まんとする「通勤ラッシュ」とは、程遠いところにいま存在しているのだとわかった。
ほんの数時間電車を走らせれば、途端に私は人の渦に巻き込まれていく。満員電車は貨物列車と呼ぶにふさわしく、ただ人間を積み、地下を効率的に走るだけである。
私たちは車窓から延々と黒いトンネルだけが見える風景に、何も不安を感じなくなっている。ふさぎ込んだ心もあいまってか、海が見える車窓がどこか新鮮だったのもあるのだろう。

下灘駅から見える海には日が差していた。磯の香りのする風が顔に吹き付け、雲は微動だにしなかった。海は、見果てぬほどに遠くまで広がっていた。遠くへ行くほど、次第に青く、純粋な青へと近づいていって、そしてどこかで霞んでしまうのが、当時の私には実に不思議だった。

何か一つのことに力を注いでうまくいかないと、心がふさぎ込んだり、落ち込んだりしてしまう。それは、力を注いだならばそれなりに報われてしかるべきだ、と多くの人が思うからだ。
頑張れば頑張るほど、どこかで報いがあると思いたくなるものだし、その分うまくいかないとなおさら落ち込む。もちろん現実はそんな簡単に報われるわけではないけれども、「これだけやっているのに結果を出せていない」という現状は、容易に自己否定につながる。
それをばねに頑張れる胆力は大事だが、そこまで強い人間ばかりでもない。

だからこそ外に出てみて、別の世界を眺めてみることも大事なのだと思う。私は漫然と下灘駅から海を眺めながら、この世界は就活などというイベント以外にも、いまもどこかで通勤ラッシュやら何やらたくさんのことが日々起きていて、たとえ就活でうまくいこうがいくまいが、世の中はなんだかんだで前に進んでいくのだと悟った。「落ちたけど、まあいっか」と思えたとき、夕日の朱色は海が描く地平線に溶けていた。

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