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【出産】男の十月十日③~安定期、強まる胎動~

15週目に入るといわゆる「安定期」というものになる。本当に安定する人もあればつわりがおさまらない人もあり、個人差はあるらしい。
もっとも、安定している時期とはいえ奥さんと話をしていると、心は安定しているとは言い難い。
「おなかは大きいけど、赤ちゃんの心臓は動いているのかな」「きのう胎動らしきものはあったけど、きょうはなかったな」とか、ちょっとしたことが不安の引き金になる。

かたや、男性は何も考えず、当たり前のように赤ちゃんは生きているものだと思いながら、毎日を惰性で過ごしている。やることをやったあと雄は無責任なものである。
そういえば虫の雄が交尾後に死ぬことがあるが、あれは結構合理的なのだろうと思う(だからといって私が死ぬわけではないのだが)。純粋に生殖という意味だけで考えると、交尾を終えた雄にはもう仕事はない。生物はよくできている。

男性側も、奥さんが安定期に入ったくらいから少しずつ「子供ができた」と周りに報告し始める。同時に赤ちゃんのアイテムの買い出しなど実務的な準備が始まる。

肝心の女性側は加速度的におなかが大きくなっていく。20週くらいになるとゆったりした服を着ていてもさすがに妊婦だとバレるくらいにはなる。
同時に胎動もかなり活発になった。当初は「胎動がある」といわれておなかを触ってもよくわからなかったのだが、この時期になるとだいぶはっきりと赤ちゃんがおなかを蹴り飛ばしていることがわかる。
手を当てていると「ドゥン」という音がすることもあるので、なかなかのパワーで蹴り飛ばしているのだろう。
これは笑い話だが、ちょうど奥さんがまどろみかけたときに腹を蹴り飛ばされて眠気がどっかにいってしまったこともあった。私も隣にいたので深夜に「すげえな」とふたり爆笑したものである。

大体この頃になると赤ちゃんの性別がはっきりしてくる。股の間にナニがあるかないかをみてみると何もない。先生も「女の子かも」という。そこで「名前、どうする?」という話になる。

赤ちゃんがお腹にいるころにはぽこぽこお腹を蹴るのでふざけて「ぽこちゃん、ぽこちゃん」と呼んでいたのだが、仮にぽこという名前だと小学生くらいで女児なのにも関わらず「ぽこちんじゃん」などと非合理的ないじめに遭う可能性もある。また、「ぽこ(47歳)」とかなると痛々しい中年になるのではないかという考えもあって「ぽこ」という名前は最終候補に残ることはなかった。

30週目くらいになるとかなり胎動が強くなり、外から見てもかなりはっきりと「ドゥン」とおなかを蹴り飛ばすことが増える。その際にふと奥さんが「いまは1キロくらいだけど、これが最後のほう3キロの胎動って考えると結構すごいよね」という話をしていた。

確かに言われてみればその通りだ。ボクシングでも一番軽いのがミニマム級だが、これが47.6kg程度である。この3倍と考えると体重は大体145kg程度と、一気に力士並みになる。
かつてのパンチやキックがミニマム級くらいだとしたら、最後のほうには力士のパンチ(というか張り手)とか蹴りを喰らっているということになる。よけられず喰らう運命にあるほうからしたら、これはたまったものではない。

その後奥さんが腸炎になるなどヒヤっとする場面もあったが、無事産休に入って家で過ごすようになる。産前1カ月前くらいになるとおなかが痛くなる「前駆陣痛」なる現象が起きる。だんだんと出産の準備が進んでいるわけだ。
このころの奥さんの心境を考えてみると楽しみもありつつ、不安も大きいのだろうなと思う。

まず経験がない。そして今なお出産は命がけであるから、万が一にーーなんてこともある。
漠たる不安を抱えながら、先に子を持つ友人なんかと話して少し楽になったりしながら、そして陣痛が来るその日を待つわけだ。胎動に起こされ不眠に悩む日もあるなかで、感情が不安定になるのも至極当然のことだと思う。私なら耐えられまい。(つづく)

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