私と鴨と古墳
人の声や人の熱から離れてみたくなり家を出た。
家から続く真っ直ぐな道を歩き出す。
前から人が来れば曲がり、また人が来れば曲がりと人がいない道を探しては歩き続けた。
辿り着いた先は等々力渓谷だった。
等々力渓谷には清々しいひんやりとした風が舞っていた。
まさに追い求めていた理想の場所。
この場所に辿り着けた事があまりに嬉しくなったせいか体中のエネルギーを放出したくなり、私は声にして放った。
見渡す限りに広がった木々たちに感謝を述べる様に出た私の声は、自分でも驚くほど大きく出ていた。
少し遠くの方から、軽やかな笑い声と背中からうっすらと人の気配を感じた。
ゆっくり後ろを振り返ると、4人の家族がこちらへ向かって歩いていた。
私は私を恥じた。
この家族に顔を見られてしまう前に、この場から逃げ出さなければ。家族が選ばなそうな道を選びに選び早歩きをした。
ここなら大丈夫だろう。
そう思ったのも束の間だった。
木々の隙間から人の気配がちらついた。
少し近づいてみると、そこにはレジャーシートを広げた大勢の人間がいる事に気付いた。
せっかく辿り着いたこの場所にも人間がいない場所はないのか。
エネルギーを放出した事を後悔した私は、案内板を探す事にした。
案内板はわりとすぐに見つかった。
横穴古墳と書いてある場所を見つけた。
ここしかない。
私は消えかけているエネルギーが落ちてしまわなう様にゆっくりと古墳を目指した。
天まで続きそうに高らかな階段を登りきった私は、神にでもなった気分で地上を見下ろした。
すると、斜め下の方から視線を感じた。
そこにはオレンジの足をはみ出した気怠そうな鴨があくびをしながら寛いでいた。
何かから逃げてきたかの様な鴨は私と同じ様に思えて嬉しくなった。
お互いを気にしない二人だけの空間は居心地のいいものだった。
しかし、二人だけの時間はそう長くは続かなかった。
不安定な誰かの足音が近づいてきた。
階段から小さな少女が顔を出した。
少女はもの凄い速さで鴨を見つけた。
鴨を追いかける少女。
鴨は私の方へと近づいてきた。
少女もまた私の方へと近づいてくる。
鴨は私を見た。
そして首を激しく振ったあと大空へと飛び立って行った。
こんな場所にいるし飛べない鴨なんだと思っていた。
鴨が最後に首を激しく振ったのは、さよならの意味じゃなくて、お前とは違うよって意味だったのか。
鴨があんなにも勇しく優雅に高らかと飛べた事を知り、同じだと思ってしまった私を急に孤独にさせた。
さぁ、家へ帰ろう。
人がどんどん増えていく。
独りになりたかっただけなのに、孤独までついてきてしまった。