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推しの香水を手に入れた

気がついたらゴールデンカムイのヴァシリ・パヴリチェンコのことを推しとしか表現できなくなっていた。推しってなんだろ? 人に推めてるか? そんなことしてないな。じゃあなんて表現すればいいかな。「僕の情緒を最大限狂わせるキャラクター」か。長いな、推しと呼ばせてくれ。

とはいえ、僕の推しは端役みたいなもんだと思っている。主人公のために配置されるキャラクターが脇役なら、その脇役のために配置されたキャラクター、みたいな。だからガンガンキャラが死んでいくあの作品の中で、死んでいくキャラなのだろうと思っていた。それでも好きだった。彼が作中で死ぬことは無意識のうちに覚悟していて、それが彼の本望の内の半分だとすら思っていて、そんななので彼が死ぬことを願っていると言っても差し支えないほどだった。そうはならなかったが。

そんな端役の推し、グッズがとにかく少ない。そもそも僕はそこまでグッズに頓着するタイプでもなかった。
なのに香水が発売されると聞いて、それはもうとにかく欲しくなった。欲しくなった割に買わない理由を探してオロオロしてたのは何だったんだろうな。狂って迷っているツイートを垂れ流していたら、親切なフォロワーさんが背中を押してくれた。
そうしてヴァシリの香水を買うことを決めた。そうと決めたからには、彼の推しである尾形百之助の香水も一緒に買った。

というわけで予約し、わくわくして発送を待ち、発送通知を見て「恋人とデートの約束でもしたか?」くらいの浮かれっぷりで着日を待ち、受け取りに至った。

香りのことは既に散々イメージした。

凍てつく白銀の世界の中で 静けさに包まれるビターフゼアノート
曇りなく澄んだホワイトフローラルと、緊張感をもたらす冷えたジンジャーが、しめやかに辺りを満たす。
わずかな威圧感を秘めたフゼアの厚みと共に広がる、冴えわたる静寂。だがいつしか、スティラックスの深い甘さがふわりと香り立つ。
清々しくも力強い、広大な雪原を思わせるフレグランス。

フレグランス ヴァシリ 公式ページ紹介文

見よこの紹介文。キャラクターに全然触れていない。
「広大な雪原を思わせるフレグランス」? これヴァシリの香水の話で合ってますか? という気持ちである。

トップノートはジンジャーと、ホワイトフローラルと表現されたリリー、ネロリ。ミドルノートはラベンダー、ヴァイオレット、アガーウッド。ラストノートはスティラックス、ムスク、グアヤクウッド、クマリン。

香水のことは全く分からない。しかし随分と花の名前が並んでいるということは分かる。その次に目についたのがウッディ系だった。
これ、総合してかなりフローラルなのでは? まさかかなり甘めに仕上がっているのでは? という予想でいた。しかしジンジャーがどのように香ってくるかというのがいまいち予想できない。フゼアノートというのもよくわからない。あとさり気なく最後にあるクマリンって俗に桜の香りとされているやつじゃね?
とりあえず、甘い香りとウッディ系は僕の好みの香りではある。期待と不安いっぱいでその日を迎えた。

ひと吹きの衝撃。緊張とか威圧とかそんなもんじゃない。「撃たれた」と感じた。その衝撃に呆然としているうちに、僕に衝撃を与えた香りが晴れていく。まるで銃声が空に轟き消えていくような感覚。霞んだ冬の青空が見えた。頭を上向きにして見上げているというより、衝撃にぶっ倒れて雪の上に転がり空が視界に入ったような気分だった。
これ、ヴァシリの追体験だ、と思った。国境で尾形に顎を撃ち抜かれたあの瞬間の追憶体験。撃ったのお前かよ尾形。
その後の驚くほどの甘さに唾液が出た。陶酔したくなる甘さ。国境警備隊スナイパーから脱走兵頭巾ちゃんへの華麗な転身を思わせるようであり、追体験としての解釈を続けるならば尾形の一撃への感嘆・心酔のようでもあった。
ちなみに「唾液が出る」というのは、僕にとって香りに対して、最上級に良い意味の身体反応だ。食べ物以外の香りで、今までこれを起こすのはフランキンセンスとラベンダーのエッセンシャルオイルくらいなものだった。ヴァシリの香水にもミドルにラベンダーがあるのが作用しているのかも知れない。
その甘さもしばらくすると落ち着く。この最後に行き着く香りが、本当に落ち着く香りで寝る時に嗅いでいたい。実は尾形の香水のレビューで「寝る時にいい」という話をいくつか見たので、尾形の方は寝香水のつもりで買ったのもあった。だがヴァシリの香水で事足りた。
穏やかだが強さもある。そんな大陸の男の余裕みたいなものを感じさせるラストだと思った。

ちなみに右手左手それぞれにヴァシリと尾形の香水を持ち、それぞれ逆側の腕に香水を吹きかけるというふざけたやり方で香りの比較をした。全く印象の違う香りが、あとの方に行くに連れて親和性が高くなる。要するに何か「合う」感じがするのだ。それすらもヴァシリが尾形を追いかけ、近づいていく様のように感じられてとても良かった。

蛇足だが、尾形の香水は初っ端の香りで自分の父親を想起してしまい、動揺してそちらに引っ張られて何も尾形を感じなかった。二度目、煙草を吸うことで香りをぼかして嗅いでみた。トップノートを躱して嗅いでみれば素直に良い香りだと思えた。ただ、直感的な香りの印象として「上品な女性」を感じ(おっ母……?)、そのあとに「仏壇の前」に座っているように感じられた。これも尾形の記憶の追憶体験なのかもしれない……全て妄想だが。

以上が僕の個人的な香水の感想でした。この経験に至るまでに関わった全ての人に感謝いたします。

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