【読書感想】自転しながら公転する/山本文緖
なんというリアルな話だろう……。
ぐるぐると悩みがとまらない。
幸せになりたいだけなのに、
幸せにたどり着くまでの過程に思いを馳せると
尻込みしてしまうくらい道のりは険しい。
たとえ傷ついても幸せにたどり着くためなら耐えられる、と
強気になれないのは、そもそも仮定として置いた幸せが、
本当に自分の幸せなのか分からないから。
(自分が思い込む幸せって、もしかすると世間や誰かに刷り込まれた価値観かもしれない)
だから決断できないまま「今のままで良いはずがないのに」
という心のもやもやを抱えて、晴れない気持ちで
日々を過ごしていくことになる……。
そんな、人生のままならなさを感じました。
650ページほどの長編で、私たち読者は
主人公の生活と悩みを見守ることになります。
どこまで共感できるかは、読む時の年齢や
経験や境遇によって違うと思います。
私も時々首を傾げてしまったり、
やきもきさせられたりしましたが、
自分と重なりすぎて涙ぐんで読む場面もありました。
(この先、様々な経験を積んで、あの場面はそういう
葛藤だったのかと腑に落ちることもあるかもしれません)
皆、自転しながら公転している。
人間関係も社会も、自転と公転する人達でできている。
そんな気づきをもらいました。
「自分のことばかりになっていないだろうか」
「相手の自転や公転まで視野に入れているだろうか」
物語を読み終える頃には、そうやって自分に問いかける
くせができました。
自分の自転と公転を受け入れるように、
相手の自転と公転を受け入れて、
自分の視点を、自分ばかりに向けてしまわないように
(自分の自転公転の都合でそうなってしまったなら、
ふとした時に視点を自分から遠ざけられるように)
気をつけたいなと思いました。
※本文を引用しながら、感想を取り留めもなく綴ります。ネタバレになる可能性が高いのでご注意ください。
『自転しながら公転する』読書記録
あらすじ
自転しながら公転する、とは
タイトルの『自転しながら公転する』については
貫一が都の置かれている状況や悩みを聞いて
地球の話をするシーンがあります。
そして都がまた親の看病で苦しんだ時に、貫一が都にかけた言葉。
貫一は自転公転をその後多く語りません。
ぐるぐると思い悩む都に、自転公転を重ね合わせて
そんな声掛けをしただけであって、
あまり深くは考えていないのかもしれません。
それはさておき、
ぐるぐると思い悩みながら生活していくのが
自転公転だろうか。
もちろん、その側面もあると思うのですが……
物語を読んでいてふと、人間ひとりひとりも、
自転しながら公転していると思ったのです。
その自転と公転どちらも含めて人生なのではないかと
思いました。
自転は、自分を軸にした暮らし。
周りを取り巻く環境の中で、何が幸せなのか考えたり、
不安に苛まれたり、この先どうしたいかを考えたり。
友人の耳の痛いアドバイスを、なんとか聞こうとしたり、
闘病生活を送ったり、稼ぎ手としての重圧に耐えたり。
公転は、人を軸にした暮らし。
家族の看病のために仕事を辞めたり、
被災した知り合いのためにボランティアしたり。
職場の不満の解決のために動いたり、
病を抱えていても友人の誘いに付き合ったり。
自転をしながら公転していて、
つまり自分の暮らしをしながら人のためにも動いて
その勢いで、自転の軸は少しだけ傾く。
その傾きを不安定と思うのか、
これ以上傾かないから安定と思うのかは
人それぞれですが……。
公転している人の自転の話を聞いたり
自転している人の公転の姿を知ったりして
「そんな人だったんだ」「そんな事情があったんだ」と
思わされることはよくあります。
(この物語もそうでしたが)
この物語を読んでいる間、
人と接してる時にいつも、
自転と交点が頭に過ぎっていました。
目の前の人の、自転か公転の側面しか
見ていないのではないだろうか。
この人を判断するには、もう片方の面を見なきゃ
分からないんじゃないだろうか。
そして自分自身に向けての誰かの行動だって、
自転だけ見られてそう言われてるだけだとか
公転だけ見られてそういう対応をされるのだとか
自転と公転を見てくれる人は限られているのだとか
そんなことを思うようになりました。
皆が自転と公転をしている。
ほんの些細な摩擦に苛立ってしまう場面でも、
それぞれぐるぐるしているんだから仕方ない、お互い様だ、
と思えるくらいに、度量が広がったような気がします。
幸せの裏に潜む不安について
終盤に差し掛かる頃合いに「不安」がよく登場します。
幸せになれないのは、一歩踏み出せないのは、
「不安だから」ではないかと、自分で気づいたり
誰かから指摘されたり。
そうとなれば、不安を解決しなければいけない。
そうでなければ、幸せに近づけもしない。
前進するために、不安と真摯に向き合うようになります。
将来を決めかねて友人たちに、包み隠さず悩みを話した時の、そよかの言葉です。そよかはいつだって冷静に状況を
見つめて、時に容赦なく意見を口にします。
読者目線としては、都のモヤモヤにずっと付き合って、
なぜいつも同じところで行き詰まって、
同じ悩みで苦しむのだろうと、ため息をついてしまう部分もありました。
共感できないわけではないけれど、同じ悩みの
繰り返しのように思えて、もうそろそろ解消されてほしいと
願うような頃合いに、そよかがスッパリと言い放つのです。
そうか、不安由来の悩みだったか、と納得がいきました。
そよかの言葉は耳に痛くても、都はしっかりと受け止めて
向き合います。貫一とのこの先を決めなくては、と
向き合う時に、素直に彼女は「不安だ」と伝えます。
それは、貫一にも「不安」の要素があると訴えたのに、
それをはぐらかされた八つ当たりのようにも見えますし、
自分が不安を開示することで、相手の開示を促すようにも
見えます。
特にこのシーンは、都の迷いが剥がれ落ちて、
貫一との関係を白黒つけようとする力強さを感じて
印象的でした。不安の正体をつきとめて認めることも、
相手に自分の気持ちを包み隠さず伝えることも、
相当勇気がいるというのに
(その勇気が出ず、あんなにもうじうじと悩んでいたのに)、
幸せのために踏み出せたところに、
こちらも勇気をもらった場面でした。
規模に関わらず、前に進むために変化を求められることは、しょっちゅうあります。
それが怖くて、停滞を選んでしまうこともあります。
後戻りできない怖さだとか、「リスクを背負ってまで
やりたいことだろうか」という迷いだとか、
もっと他に方法があってこれは正解じゃないのかもという
不安だとか。
ともかく、沢山考えるほどに、決断ができなくなっていくことはよくあります。都のあの言動は、自転公転の結果、
「これまでどおり」にはいかない、結果の良し悪しに
関わらず進まなければなれない、と追い込まれたからこその
勇気ある一歩でした。そして、誰にだって、そういう
追い込まれた末の一歩が訪れるのだろうと思います。
……その時に、自分の感情や悩みの根本を理解していることが大切だと思います。この時の都のように。そしてその姿に圧倒され、半ば追い詰められて、ようやく自分の気持ちを
伝えられた貫一のように。
拘ることで狭まるもの
作品の中でさらりと出てきたけれど、
ずっしりと重みを伴って胸に響いたのが、
拘りについての言葉でした。
拘ることが悪いわけではない。
でも、拘ることによって、許せるものが
少なくなってしまうことだとか
拘りが発揮するある種の潔癖さを押し付けられると、
周りは窮屈に感じてしまうことだとか。
そよかの指摘をきっかけに、
都は狭量さを見つめるようになります。
お洒落に関しての狭量さは、読んでいる限りでは
ほとんど感じませんでしたが、幸せに拘るせいで
寛容さがなくなっているのは、読んでいてひしひしと
感じていました。
貫一と一緒にいる時、背伸びせず楽しそうにしているのに
結婚するかどうか視野に入れると、
急に貫一を咎めるような言動が目立ってしまう。
幸せになりたいと思っているのに、
寛容さを失って、どんどん不幸せになっているような
そんな悪循環を感じずにはいられません。
そのあたりの描写が、「現実のままならなさ」を感じる
所以なのかもしれないと思いました。
拘りを、相手に押し付けないようにすることはもちろん
拘りを、時に緩めて自分を楽にすることも
必要なのだろうと思います。
◎最後に
とにかくリアルな物語で、気づきも多かったお話でしたが
やはり私は「自転公転」がとても印象的でした。
最初は都目線の「自転公転」であり、
次に見えたのは、都の公転先である母の「自転公転」。
病と戦いながら、その看病をどこか疎ましそうにしている
娘の気持ちにも気づいてしまって息苦しい感覚が、
ありありと描かれています。
貫一の「自転公転」の姿も、ギャップの大きさから
衝撃を受けましたが、何よりも私は、
都の父の「自転公転」が辛かったです。
都とその母の「自転公転」を知ったあと、
父の「稼ぎ手の重圧」や「男だから、という時代がかった
プライドで誰にも相談できない苦しさ」を見てしまうと
全員がそれぞれに苦しくて、誰も悪くないのだと
落ち込んでしまいます。
いっそ誰か、明確な悪者がいれば気が楽かもしれません。
誰も悪くなくて、それぞれ苦しいせいで摩擦が生じて
しまっているままならなさが、とてもリアルで
悲しいところでもあります。
都の職場の話は触れませんでしたが、
女性が稼いでいくための努力やその障害が、
生きにくさを物語っていて、難しいなと感じました。
ここに関しては、私の社会人歴が増す毎に、
共感できる部分が増えていくところなのかなと
思っています。
久しぶりに読んだ長編で、最初は手こずりましたが
心に刺さる部分が多くて、読んでよかったと思える
物語でした。
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