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【読書感想】詩と散策/ハン・ジョンウォン

静謐な印象の表紙と、SNSでの絶賛の声に心が揺れて、
すぐ購入しました。
散歩を好む詩人によるエッセイ。
期待に違わぬ豊かな表現力に支えられた文章で、
読書中、何度も胸がいっぱいになりました。

時折、エッセイの中に他の詩人の言葉が引用されます。
詩人の言葉を暮らしの灯火として、
自分の道を照らしたり、心を温めたりしていて、
この著者は、詩の世界で息をしているのだと、
はっきりと分かりました。
そして私もそういう風に、
文学で吸収した言葉を生活に織り込んで、
自分なりに人生を彩って楽しみたいと思いました。
……この本に出会う前からそういう願望があって、
それをこの本との出会いによって発見したような感覚です。

そしてこの本を読んでいて、
この著者は相当な数の悲しみに触れて
何度も傷ついてきたに違いない……と感じました。
それについて多くは語られませんが、
不意に出てくるエピソードがあまりにも辛くて、
読者に断片しか見せていないだけで、本当はもっと多く、
そしてもっと深く傷ついてきたのだろうと察せられます。
その悲しさで心を壊してしまうのではなく、
じっくりと傷や感情に向き合ってきたからこその、
あの感性なのかな……と思いました。
川の激しい流れで磨かれてつるんとした小石のような、
そんな印象です。

私も目に見える世界を、そのセンスで切り取って、
その感性で解釈して生きていきたいと憧れる1冊でした。

※本文を引用しながら、感想を取り留めもなく綴ります。ネタバレになる可能性が高いのでご注意ください。


宇宙よりもっと大きな

一番最初の章です。そして、一番好きな章でもあります。
この章を読んだだけで、「あぁ、これは特別な本だ」と
すぐに理解しました。
それくらいに、瑞々しい感性でエッセイが綴られています。

雪の日の光の眩しさから始まり、雪の中を歩く著者。
かつて一緒に歩いた人に思いを馳せて、
「記憶の幻灯機」を照らして歩いていきます。
愛するものを失った時の虚しさや空虚さを
他の人の言葉も交えつつ、著者は静かに整理していきます。

1人ぼっちで歩く著者は、時々、誰か大切な人に
(そしてどういうわけか今は一緒にいない人を)
心を奪われて思い出に浸ります。

詳しいことは描かれませんが、
著者が本当に相手を大切に思っていることと、
今隣にいない悲しみを抱いていることは
ひしひしと伝わってきます。

そして、お気に入りの映画に出てくる追悼文の場面について
言及したあとに、この言葉が続いていきます。

私は肩に雪をのせて歩きながら、この言葉を少し変えて宙に投げかけた。
「ひとりだけれど、一緒に歩くふりをして笑い合ったの、楽しかったです」
そして、そっと幻灯機を消した。
『詩と散策』より

ぜひ、雪を見た喜びから始まったこの散歩を
文脈にそって見守ってほしいのですが
この「ひとりだけれど……」の言葉の
きらきら眩しいのに冷たく心にのしかかる重さに、
胸をつかれるような気持ちになります。

大切な人の不在を受け止めているけれど寂しく思うし、
その分、一緒にいた時の楽しさを
今でも大切に、解像度が高いままで記憶に残している……
そんな、著者の姿勢が感じられて、
私はすっかりこの本の虜になっていました。

寒い季節の始まりを信じてみよう

くだらないと思う人もいるかもしれないが、私は生きていくうえで幻想は必要だと思っている。真実に目を背けず向き合うためにも、自分だけの想像を秘めておいたほうがいい。想像は逃避ではなく、信じる心をより強く持つことだから。
『詩と散策』より

ちょうど、フィクションばかり読んでいる自分について
それを正当化しなくちゃいけないような気持ちになっていて
そんな頃合いにこんな意見に出会って、
救われた気持ちになったのでした。

(好きな物は好きなのだから、それに変な理論を付け加えて
無理に正当化しなくてもよいと、今は思うのですが、
その時は少しだけ苦しかったのです。)

私も、幻想が必要と思っている人間なので、
同じ目線の人の言葉に触れられた気がして
嬉しくなりました。

幸せを信じますか

私はひとり横断歩道を渡った。幸せなんかにこだわらなければ、あなたはいまよりずっと楽に生きられますよ、と言いたいのを我慢して。
『詩と散策』より

道端で、「幸せ」を餌に宗教勧誘された著者が、
ここでは珍しく強い不満を滲ませます。
この言葉に、最近別の本で読んだ言葉が重なりました。

何かに拘れば拘るほど、人は心が狭くなっていく。
幸せに拘れば拘るほど、人は寛容さを失くしていく。
『自転しながら公転する』より

幸せを求めるほど幸せに思えなくなっていく現象への
ひとつの回答なのかなと思う言葉でした。
寛容でいることを最優先にすると
幸せと思えるとまで豪語はできないですが
不幸だと落ち込むことは少なくなります。
幸せが良いものだから(望ましいから)
進んでそれを求めて、
結果的に苦しくなってしまうことは
決して少なくないと思います。

この本ではそもそも「幸せ」についての認識に
疑問投げかけてきます。

幸せが理想的な魂の状態だと思うから、私たちは絶望に陥りやすい。ある状況や条件の中で、受動的に得たり失ったりすることが幸不幸だと決めてしまうと、永遠にそのしがらみから抜け出せない。
『詩と散策』より

そうなんだよね、と思わず頷いてしまいます。
幸せならいい、不幸はよくない、という判断基準が、
余計に自分を苦しめているのかもしれません。
著者の幸せに対する意見の鋭さに感心しました。


記録を書くにあたってエッセイを読み返し、
その度に言葉の美しさにため息をついてしまいます。
これからも、この本を大切に読んでいきたいです。

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