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3.お姉ちゃんだけど

私の母には、ちょっと年の離れた姉(以後:伯母)がいる。
伯母はよく祖母に、「お姉ちゃんなんだから」と言われていて、「好きでお姉ちゃんになったわけじゃない」と言っていたそうだ。

私の母はそれを覚えていたようで、私に対して説教をする時には絶対に「お姉ちゃんなんだから」という言葉は使わなかった(伯母は自分の娘に散々言っていたが)。

ただ、褒める時は違った。
私は「自分より弟を優先しなければ」という思いが強く、弟がある程度大きくなるまで、とても我慢していたことが多かった。
弟が本当に可愛くて、母のことが好きだったからこそ、お手伝いをしたかったという気持ちは今でも覚えている。
そうして我慢した時は必ず、「お姉ちゃんだから頑張ってくれたんだね。ありがとうね。」と褒めてくれた。そう言ってハグをしてくれるだけで、私はちょっぴり幸せになれた。

ただし、どうしても寂しさはあった。母親にしか出来ないことだってあるし、何も出来ない赤ちゃんと2歳の子どもを比べたら、優先順位はおのずと決まってくる。
だが、母はちゃんと先手を打っていた。
弟が産まれる前には、「弟が産まれたらどうしてもそちらに手がかかってしまうから、パパはできるだけ0(私)と遊んであげて」と。
父はその通りに、会社から帰ってきたら私と遊んでくれたし、わがままも少し聞いてくれた。
今でもパパっ子な自覚もある私としては、感謝しかない。

そして母は、母方の祖父母に「姉弟どちらも平等に接して欲しい」と言ってくれていた。
家族4人と祖父母の計6人で出かけて、私が好きなものを食べられる時の喜びは、当時の私にはとてもとても大きかった。

一方父方の実家は考え方が少々古い傾向にあり、「長男ファースト」で、弟は料理や皿洗いを手伝わなくても良かったし、なんなら動くな、手伝うなと言われていた。
出かける時も当然、お昼ご飯の決定権や目的地は弟の好きなようになっていた。
ただ、その時も母は、「ごめんね、今度はあなたが行きたいところに行こうね、食べたいもの食べようね」と、話してくれた。

「育児はみんなでする時代」とは言うが、母親にしか出来ないことだってあるし、父親にしか分からない辛さもあると思う。共働きや片親も増えている中、愛情をじゅうぶんに注がれる子どもは少ないのかもしれない。
そう思うと、自分は本当に良い親に巡り会ったなと思う。「親ガチャ」とか言う言葉があるが、私は私にとっての「当たり」を引いたのだと思う。

多少の不満はあるが……
まあ、一度は自分の家族を客観視してみなければいけないと私は考えているので、そこは今回は隅に寄せておこう。

たまに、「自分が母親になったら」と、考えることがある。多くの考えが巡るが、いつもたどり着く考えは、

辛いことを和らげる努力をすること
ちゃんと話を聞くこと
「叱る」のではなく「つたえる」こと

である。
これは私が、両親にしてもらったことと、反面教師として受け取ったことの両方が入っている。

なんにせよ、幸せにできるように日々奮闘するしかないだろう。
私もそうされたように、必死でその子の人生を背負いたい。
私もそれで幸せになったから。

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