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成金(Chapter1-Section9)

 苦労して手にいれた1DK。日当たりが悪くジメジメした住環境。コンビニやスーパーもなくて不便な所だった。自転車は買えず、駅から徒歩20分の距離の往復。ユニットバスだったが、人並みの生活に思えた。
 
 生活基盤を作ったことで、正直、金が底をついていた。
 埼玉に置いたボストンバッグ2つ分の財産を欲した。多少衣類が手に入れば散財せずに済む。手を打たなければ再び困窮する。私物を取り行かせて欲しいと、親方に渋々連絡した。(『原点回帰の地』参照)

 1年半ぶりの埼玉。出会った頃と変わらぬ親方。いや、私腹を肥やしたからか、少し腹が出たように見えた。
 ドスを効かせた声で、「お前、荷物引き取りに来たのはええけど。保管料、払わなアカン。こっちはお前の荷物で場所とられてるんだから、当たり前の話や。保管料、月5万。合計90万な」出会い頭に怒鳴られた。
 「それから、今まで払った給料は給料ちがうからな。借金だからな。全額耳を揃えてちゃんと持ってきてんのか?」バンっ!と壁を叩いた。
 
 因縁をつけられる予想はあった。
 あの時は不意をつかれてボコボコにされたが、こちらは臨戦態勢である。引越のバイト、寒さを凌ぐための腕立てふせ。鉄棒での懸垂。こんな日の為に、しっかり体は鍛えてきたつもりだ。
 
 先に手を出したら負け。相手から暴行罪か傷害罪で訴えられる可能性だってある。これを事前に知っていたら、あの時、交番に駆け込んでこいつを訴えることだって出来たのに。自分の無知さ加減に呆れる。無知であったことが悔やまれる。

 相手の威嚇にたじろぐことなく、相手の目を真っ直ぐ見据えた。
 「それが正当に支払うべきものであれば、後できちんとお支払いします」
 そう返答すると、玄関先で仁王立ちしていた親方は、黙って道をあけ部屋に通した。

 3畳の部屋。そこに3~4人で寝ていた。俗にいう「たこ部屋」。布団を敷いたら足の踏み場はなかった。1枚の布団に、2人で寝たこともあった。
 実は、高校の同級生もそこで働いていた。
 荷物を取りに行くと、2人の同級生が部屋にいた。一人はボクを見るなり「お前なんで突然辞めたんだ。出て行くお前を止められなかったと、親方が心を痛めていたぞ。必死に引き止めたって言ってたぞ」と責められた。デタラメである。
 
 「話が違う」声をあららげた。
 「俺は親方に、最初に交わした約束通りの給料を払うよう交渉したら、ボコボコにされ追い出されたんだ」

 彼は、信じられないという顔をしていた。
 その態度に少し腹を立て、「お前さ。高校3年間も一緒に過ごした俺の話より、付き合いの短いあいつの言葉を信じるのか?」と逆に責めると、「俺は、親方を信じる」と言い放ちやがった。
 
 「お前はさ、あいつが手にした高級車や家に目が眩んでるんだ。ついさっき、給料は借金だから全額返せって言われたぞ。いつか、お前も同じことされるぞ。さっさと手を引いた方がいい」
 彼の胸をこづきながら「忘れるなよ。俺はお前に手を引け!と警告したからな」と忠告すると「俺はお前のようにならない」と捨て台詞を吐いて部屋を出ていった。

 もう一人は、静観していた。
 「お前はどうする?」と問うと、彼は「お前の話を信じる」と言い「近いうち、ここを出る」と決意した。
 こんな結末になって申し訳なかったと謝罪すると、「お前のせいじゃないさ」と財布から3万円を出し、一言「生活の足しにしろ」と。
 思いがけない彼の行動に驚きながら、それは受け取れないと拒むと、彼は照れながら「少なくて悪いな」と手を引っ込めようとしなかった。

 「ここを出るなら、お前だって金は必要になるだろ」と突き返すと、「いざとなったら、帰る家があるから大丈夫」と嘘をついた。

 『信じがたい事』でも書いたが、夜勤のバイトは彼と一緒にしていた。どんな家庭の事情か深く聞かなかったが、口癖のように「さっさとあの家から出たい」と頭を悩ませていた。だから嘘だとすぐにわかった。
 彼の申し出を素直に受けた。金が底をつきかけていたから、どれだけ助かったか言うまでもない。

 いまだに感謝を忘れていない。高校の同窓会に足を運んでも、彼の姿はなかった。同級生に彼の行方を尋ねても、首を横にふるだけで誰も知らなかった。確かこの辺だったはずと、実家探しに歩き回ったが見つけられなかった。
 何十年もの間、息災を祈ってきた。まだ、恩返しができていない。再会すら果たせていない。
 
 親方に出会った時、ボクは人を集めろと指示された。ボクを含めた4人が集うと、親方は所有する数台の高級車を自慢し、持ち家を見せびらかして「自分のようになれる」と言った。

 卒業したての彼らには、豪華絢爛に映ったのだろう。7つしか歳が違わないのに、こんな風に成れるのだと爛々と目を輝かせ、めいめいが「金持ちになりたい」と口にした。そこに興味を示さず、なびかなかったのはボクだけだった。
  
 人が増えたから給料が払えないと、約束を反故にされた事で不信感を抱き、ある晩「話が違うから、みんなで辞めないか」と切り出すと「親方の身にもなれ。な~に、俺らが少し我慢すれば済む話じゃないか。すぐ給料もあがって生活も良くなるさ」と、他の3人に宥められ、しばらく様子を見ることにして留まった。それが悪夢の始まりとも知らず。
 
 「1日8時間。土日は休み。雨の日も休み。月給で25万払う」
 親方が提示した条件だった。実際は1日平均16時間。食べて寝るだけの生活。雨の日も馬車馬のように働かされ、手取り5~6万。半年これが続いて、不満をつのらせたのはボク一人だけ。
 
 目の前にぶら下げられたエサが、よほどの魅力だったのだろう。
 エサは「成金」である。エサ欲しさに時給200円で働くんだから、欲に目が眩んでいるとしか言いようがない。3年の友情よりも、成金が勝るんだから魔力としか言いようがない。
 
 札束の積み上げ。数々の高級ブランド。高級車。豪華な家。美女をはべらかす。ド派手な生活。こんな動画を散りばめ、「君も成金にならないか?」「贅沢三昧に暮らさないか?」と誘惑する。
 社畜から億り人。1年で億り人。元芸人の億り人。仮想通貨で億り人。米国株で億り人。FXで億り人。不動産で億り人。こんなキャッチコピーで、甘い夢をみせる。

 ボクも金融資産が1億円以上あるが、成金ではなくミニマリストに近い。
 家は賃貸。ブランド品もない。倹約家で質素な生活。外食はしないし自炊する。服に穴が空いたら捨てずに縫う。車の免許もない。持ってるのは移動図書館なみの本の数だけ。

 がむしゃらに働き、コツコツと20年かけて殖やしてきた。
 人生に一発逆転なんてない。

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