2022年の文庫を振り返る
こんにちは。青山ブックセンター本店で文庫を担当している神園です。
今回は2022年の文庫を振り返っていこうと思います。
年間ランキング
まずは今年の青山ブックセンター本店の文庫年間ランキングを。
【2022年】
1位 ルシア・ベルリン 岸本佐知子さん 訳『掃除婦のための手引き書』(講談社)
2位 國分功一郎さん『暇と退屈の倫理学』(新潮社)
3位 ドミニク・チェンさん『未来をつくる言葉』(新潮社)
4位 島田潤一郎さん『あしたから出版社』(筑摩書房)
5位 小倉ヒラクさん『発酵文化人類学』(KADOKAWA)
6位 原田マハさん『常設展示室』(新潮社)
7位 村上春樹さん『女のいない男たち』(文藝春秋)
8位 今村夏子さん『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版)
9位 川上未映子さん『夏物語』(文藝春秋)
10位 平野紗季子さん『生まれた時からアルデンテ』(文藝春秋)
どうでしょうか。6冊は今年の新刊で4冊は去年発売のものやロングセラーのもの。
しかし単行本の時点からずっと売れていて、それが文庫化した後も売れていると考えると、文庫の場合は新刊もある意味ロングセラーのうちに入るのかもしれません。
1位はルシア=ベルリン『掃除婦のための手引き書』。自分が働く前から、ABCと言えばルシア=ベルリンというイメージが強くありましたが、文庫化してもやはり長く人気です。
2位は國分功一郎さん『暇と退屈な倫理学』。こちらは、出版社が2回変わって刊行され、最終的に新潮文庫に落ち着きましたが、当店では単行本からずーっと売れている作品。
それにしても改めて見ると、今年のランキングの中でも特に1〜5位はかなり当店独自と言えるのではないでしょうか。こういった作品が当店の場所を通じて多くのお客様に届いたことを非常に嬉しく思います。
勿論ですが、ランキング外にも沢山面白い文庫のあった年でした。(ほとんどが僅差のランキング外で、発売が今年の秋というハンデがあるタイトルも多かったです。)
来年も、こういった独自のランキングができるよう、もっと面白い棚を作っていこうと思っています。
デビュー作の文庫化が多かった年
さて、今年の文庫はなんと言っても純文学作家のデビュー作の文庫化が例年に比べて非常に多かったという特徴のある年でした。
以下では当店の注目するものを絞って、なるべく簡潔に紹介していきます。
まず年の初めに遠野遥さん『改良』(河出書房新社)が文庫で刊行されました。 美醜やイメージという誰もが直面する問題を、どこか突き放した形で描いている作品で、比較的読みやすいですが奥深く複雑で面白いです。そして遠野さんの芥川賞受賞作となった『破局』(河出書房新社)も今月文庫化されました。(ちなみに来年1月には新作『浮遊』(河出書房新社)が刊行予定です。)
そして、『改良』と同時に文藝賞を受賞した、宇佐美りんさんのデビュー作『かか』(河出書房新社)も文庫化しました。血縁・家族・母子関係がテーマの一つである、この作品。『改良』の文体が冷徹な感じなら、この『かか』は熱や血がみなぎる感じ。ぶつかってくるエネルギーが凄まじく、読後はしばし呆然としましたが、非常に濃密で心を奥底から揺さぶれる、今年読んで良かったなと今改めて思う小説でした。
千葉雅也さん『デッドライン』(新潮社)も文庫化されました。千葉さんは哲学者としては著作を既に何冊も出されていますが、小説はこの2019年発表の『デッドライン』がデビュー作。装丁がWolfgang Tillmansの写真の時点で最高なのですが、文体もこの写真と同じように瀟洒で、非常に面白い小説です。内容は修士論文の締め切りが迫る大学院生の話。
千葉さんは今年他に文庫でエッセイ『アメリカ紀行』(文藝春秋)、そして新書で全国的なベストセラー、当店の新書の年間ランキングでも1位になった『現代思想入門』(講談社)の刊行がありました。
続いて、李琴峰さんのデビュー作『独り舞』(光文社)。同時期に短編集『ポラリスが降り注ぐ夜』(筑摩書房)も文庫化されました。
今年『物語とトラウマ: クィア・フェミニズム批評の可能性』(青土社)を刊行された岩川ありささんが当店の今年の夏の選書フェアで、李琴峰さん『独り舞』をお選びになってたこともあり、多くのお客様に届いたタイトルとなりました。
乗代雄介さんのデビュー作『十七八より』(講談社)も文庫化されました。乗代さんはこれに加えて『本物の読書家』、『最高の任務』(いずれも講談社)も文庫化。純文学作家で一年に3冊も文庫化されることは珍しく、今最も勢いのある小説家の1人であることは間違いありません。
『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)が今年芥川賞を受賞し大きな話題になった高瀬準子さんのデビュー作『犬のかたちをしているもの』(集英社)も文庫化されました。
生殖に関して、1人の女性の醸成してきた「問い」の行方を描く作品です。(あらすじがなかなか衝撃的な話です。)
そして、今年最後には、井戸川射子さんのデビュー作『ここはとても速い川』(講談社)が文庫化されました。児童養護施設に暮らす子供たちの日々を温もりが伝わる繊細な言葉で描いた作品。(個人的に凄く好きな文章でした。それこそ川のような文の流れの心地よさ、リズムの良さを感じます。)井戸川さんは来年1月に選考会が行われる第168回芥川賞候補に新作『この世の喜びよ』がノミネートされています。当店では井戸川さんの選書フェアも現在展開中です。
今年はここで紹介したデビュー作に限らず、若い純文学作家さんによる作品の文庫化が多かったです。個人的にいつでも新しい作家さんが好きなので楽しい年でした。
新しい時代の小説が、より多くの読者の方に届く機会を作れるように来年も力を尽くしていきます。
個人的に愛読した文庫5冊
さて、最後に文庫担当の自分が個人的に愛読した今年の文庫を紹介したいと思います。
小説が無いのですが、小説は上で沢山紹介したので、ここではこの5冊を選びました。
島田潤一郎さん『明日から出版社』(筑摩書房)
→ひとり出版社・夏葉社を島田さんが始めた経緯や出版についての話が書かれた一冊。
当店で刊行記念トークイベントも開催しました。
島田さんに会うたびに島田さんのことが、夏葉社のことが好きになっています。この本に出会えて本当によかったです。来月のイベントも楽しみです。
藤本和子さん『イリノイ遠景近景』(筑摩書房)
→アメリカ・イリノイ州でトウモロコシ畑に囲まれた家に住み、翻訳や聞書をしてきた著者が、人と会い、話を聞き、考える。 人々の「住処」をめぐるエッセイの傑作。
めちゃくちゃ面白いエッセイでした。(不思議と小説っぽさを感じるところも。)ドーナツ屋で客の男たちの話を盗み聞きする話、好きです。
宮地尚子さん『傷を愛せるか』(筑摩書房)
→ ケアとは何か? エンパワメントとは何か?
たとえ癒しがたい哀しみを抱えていても、過去の傷から逃れられないとしても、傷とともにその後を生きつづけること―。旅のなかで思索をめぐらせた、トラウマ研究の第一人者による深く沁みとおるエッセイ。
とても優しく静かなエッセイで穏やかな気持ちになりました。ところどころ挟まれる写真も美しいです。最近ケアに関する本が沢山出ていますが、個人的にはその中で一番おすすめするエッセイです。
ドミニク・チェンさん『未来をつくる言葉』(新潮社)
→ 哲学、デザイン、アート、情報学と、自由に越境してきた気鋭の研究者が、娘の出産に立ち会った。そのとき自分の死が「予祝」された気がした。この感覚は一体何なのか。その瞬間、豊かな思索が広がっていく。東京発、フランスを経由してモンゴルへ。人工知能から糠床まで。未知なる土地を旅するように思考した軌跡。
帯文に「なんだか泣ける」と書いてあります。僕は「泣ける」というコピーをあまり信じない人間なのですが笑、そんな僕がこれを読んで本当に「なんだか泣ける」と思いました。それはこの本が、誰かの感動を誘うために書かれていない、愛に満ち溢れた人生の物語だからでしょう。
千種創一さん『砂丘律』(筑摩書房)
→「アラビアに雪降らぬゆえただ一語ثلج(サルジュ)と呼ばれる雪も氷も」
現代短歌の新時代を切り拓いた伝説的歌集が文庫化。中東と日本を舞台に、清冽な抒情と巧みな韻律、口語・会話体による音楽性で現代短歌の旗手となった代表作。
歌集が文庫化するのは珍しく、それだけで嬉しかったのですが、歌が本当に良くて宝物になった一冊です。
それぞれオンラインストアのリンクが貼ってあるので、気になった本がありましたら、そこから内容がチェックできます。
5冊セットのページも作ったので、下にリンクを貼っておきます。
それでは最後までお読みいただきありがとうございました。
皆さま今年1年ありがとうございました。
来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。
気軽にお店に遊びに来てください。お待ちしてます!
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