葉桜
桜が散る頃、一瞬寒くなる。雨が降り、風が吹く。春の嵐。本格的な春が来る直前の揺り戻し。季節の脱皮の痛みなのかもしれない。
昔の話。私は家を出た。ちょうど桜の散る頃だった。金魚鉢のように鳥籠のように感じていた家。父の命令。母の干渉。息苦しかった。自由になりたかった。私はスーツケース一つだけを持って家を出た。振り返りもしなかった。
今なら父や母の気持ちもわかる。拙い私が心配だったのだろう。子どもに傷ついて欲しくなかったのだろう。
それでも。
私は家を出たことを後悔はしていない。穏便にあの家を出ることは叶わなかっただろう。お互いに傷をつけないで、折り合いをつけることは出来なかった。
私は家を出て何回も転んだ。ある部分は壊れてしまったし、純粋無垢な気持ちは汚れ、ずるい処世術を覚えた。悔し涙を流し、泥水をすすり、生きながらえた。
けれど、
私は何回も起き上がった。壊れた部分は修繕し、図太さを身につけ、居心地のいい場所を見つけた。自分の足で立つ喜びと生かされているという思いを感じるようになった。
思い出は美しく温かい。それはとても大事なもの。でも蜃気楼のようなもので、掴むとスルッと逃げてしまう。
私にはちゃんと子供時代があった。それを守ってくれた家族がいた。
それはとても幸せなことだった。
だからといって、それにとらわれることはできない。時間は前に進み続け、後に戻ることはできないから。
私は変わり続ける。そして、私は変わることはない。
葉桜の季節は胸の痛みと胸の高鳴りをおぼえる季節だ。
毎年巡ってくるのに、その感覚に慣れることはない。
inspired by Time after Time
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