それはよすがになる
寒い冬の午後。灰色の世界。清貴が住む場所は、あまり雪が降らない。山からのおろし風。乾いた冷たい風が、窓を叩く。
清貴は、穴ぐらのような部屋にいる。窓を見ながら、何も見ていなかった。抜け殻。消えてしまいたかった。積極的に死を望んでいるわけではない。それだけの気力さえないのだから。氷のように、溶けてしまいたかった。ただ、流れてしまいたかった。
佳代子が、死んでどれくらいになるのだろう。それすらも、わからない。日々を数えるのも億劫だった。
突然の死。いってきますと出て行って、帰ってくることはなかった。
痛いのか、悲しいのかさえわからない。清貴は、何もかも奪われてしまった。かろうじて、息をしているだけだ。
一緒に暮らしていたこの部屋にいれば、佳代子の息吹を感じてしまう。カレンダーに書かれた彼女の字。彼女宛のダイレクトメール。清貴は、彼女のクローゼットを片付けることができなかった。佳代子のもので溢れた一区画。彼女の存在が強く残る場所。
佳代子の香りが不意に漂う時だけ、清貴の感情は動く。彼女の手触りが生々しく蘇り、胸がしめつけられる。その時にだけ、清貴は泣くことができるのだ。その痛みで、彼は自分がまだ、生きていることを知るのだ。
清貴は、窓際にある棚を見る。そこには、ヒヤシンスの水栽培の鉢がある。
それは、佳代子が買ってきたものだ。
「懐かしいでしょ。」
彼女は、笑って、水栽培のキットを窓際に置いた。
「何色かは、わからないの。」
「花が咲いてからのお楽しみ。」
佳代子の未来を見る眼差し。幸せを形作る光。清貴は、はっきりとそれを覚えている。
そう。
清貴が、なんとか世界に踏みとどまっているのは、このヒヤシンスのためだ。
希望の光。
今、ヒヤシンスの球根には、根が生え、茎が出始めている。生きているのだ。
清貴は、このヒヤシンスを枯らすわけにはいかなかった。
佳代子が楽しみにしていた、花を咲かしたい。
何色か、確かめなければ。
それは、佳代子のためでもあり、自分のためでもあった。
春になるまでは。春になるまでは。
清貴の中での、生の猶予だ。
inspired by 「球根」THE YELLOW MONKEY
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