上半身が力まなくなるコツ(柔術家の為のコンディショニングノート⑨)
「あなたは腕を動かすときどのようなイメージで動かすだろうか?」
さもこれからグリップに関することを書きそうであるが、本稿はグリップの話ではない。
「グリップが疲れるのですが、どう強化すればいいですか?」
という質問を、いままで数多くされてきた。グリップを強化する方法は存在するが、たいていの場合は競技技術の改善で事足りる。
柔術は、
『腕力よりも脚力、脚力よりも全身の力を上手く使う』
ことが推奨される。これができない人は、腕や手の負担が大きくなり無駄に疲れるのだ。
ただ、上半身だけに限定すると、肩甲骨の動きが悪い人は、腕やグリップが無駄に疲れやすい。背中の力を上手く使えてないからだ。
私のまわりにはそんな柔術家が多い。さらには肩の動きが悪い状態で、ベンチプレスや懸垂で補強するもんだから肩を怪我したりする。
肩に力が入るとか、肩が上がるとか、いかり肩とか・・・
断言できるのは、肩が硬い状態では柔術は上手くならないし、疲れやすいし、怪我もするからいいことがない。
だから本稿は、ブラジリアン柔術やトレーニングにおける肩甲骨の動きの重要性を書いた。
『肩がちゃんと動くようになれば、無駄に力まなくなる。結果、間違いなく柔術も上手くなる』
なぜ、そうなるのかという理由と改善のためのドリルをわかりやすく書いている。ぜひ、体の力を効率的に使う、柔らかい動きを身につけて、力まない柔術家になってほしい。
第1章
私が青帯の頃、道場のインストラクターに柔道の強い人がいた。確か元強化選手レベルの人だったと思う。
ある日のこと、私が道場に入ると、その方が肩まわりをグリグリ回していた。
「それ何してはるんですか?」
と訊ねると
「肩甲骨を使えるように練習してんねん」
という返答が返ってきた。
当時の私はまだ運動指導者ではなかったので、肩甲骨を使う・・・つまり骨を使うの意味がまったく理解できなかった。
それから何年か経って、柔道のオリンピック金メダリストの指導を受ける機会があったのだが、その方も引手の腕を上げる際に
「ここで肩甲骨を使って・・・」
という伝え方をしていた。
柔術で肩甲骨といえばオモプラッタが思い浮かぶかもしれないが、おそらく他の競技には、肩甲骨をどうのこうのという表現をする選手や指導者が少なからずいる。
商業上の理由で肩甲骨がどうのこうの言われるようになったのは、ここ10年ぐらいだと思うが、アスリートの間では肩甲骨を使うという感覚はもっと以前からあったのは間違いない。
感覚の言語化
運動学習において、自分の体の感覚を言語化できるようになる段階がある。
この感覚は、人それぞれであり、同じ動作のことを指していても、個々に言葉が変わったりする。また、同じ言葉を使っていても、まったく違う動作のことを表すこともある。
柔道の例では、肩甲骨を使って・・・が
組み手争いでの肩の動きを指すこともあれば、投げを掛ける際の引き手の上げ下げの時に使われたりもする。おそらく他にもあるのだろう。
ただ、アスリートの言う肩甲骨を使ってはわかりやすい。
実際に、肋の上を肩甲骨が動いているように感じるのをストレートに表現しただけであろう。
機能的には、肩甲骨は腕の土台なので、
『肩甲骨を使って = 胸郭上で肩甲骨を適切に動かして、腕の動きの土台にする』
みたいな、めんどくさい感じが具体的である。肩甲骨を動かすための筋肉が硬くなってたり、弱くなっていて上手く肩甲骨が動かせないと、肩甲骨を使っているという感覚はないはずである。
肩甲骨の動き
肩甲骨の基本的な動きは6方向
これらの動きが土台となり腕の骨が動く。
一般的に無駄に力んでる状態を指す、肩に力が入っているは、肩甲骨が挙上した位置で固まってるようなことであり、力が上手く抜けているのは肩甲骨が適度に下制したときである。
四十肩、五十肩では肩甲骨の上方回旋が弱く、腕の骨が上がりきらない。場合によってはインピンジメント(後述)をともない痛む。
肩甲骨の動きが悪く腕を大きく動かせないまま、運動時に無理に動かそうとすることで、他の部位が負担を強いられる。多くの場合、肩甲上腕関節(いわゆる肩)、肘、手首あたりの怪我につながる。
逆に言えば、前述のオモプラッタは脚を介して肩甲骨をピンすることで、肩甲上腕関節を極めていることになる。
肩甲骨が動かないとどうなる?
プッシュ(押す)については、4巻で存分に書いてる(あとでベンチプレスは説明する)ので、本巻ではロウ&プル(引く)について見ていく。
引く動作をおこなう際、肩甲骨が固まって動かないこともあれば、動くけれでも間違った方向に動いてしまい適切でないこともある。
その結果、強い広背筋が上手く使えず、肩や腕で引っぱってしまう、いわゆる腕引きが起こる。
柔術においては、相手を力強く引けないだけでなく、腕やグリップの無駄な疲労につながるし、トレーニングにおいては背中を上手く発達させることができない。
肩甲骨と広背筋
組技系格闘技のアスリートはだいたい広背筋が発達している。いわゆる逆三角形の体型である。
広背筋は、背骨と骨盤から上腕骨(腕)に向かって付いている。肩甲骨にも少し付くが、肩甲骨の動きへの影響は少ない。主に腕を動かすための筋肉である。わかりやすく言えば、
『背骨と腕を近づける』
働きをする。↑これがポイント
腕を後方に引く動作(ダンベルローイングなど)で広背筋は収縮するが、この時に肩甲骨の動きが悪く、適切に内転できなかったら、背骨と腕の起始停止の距離が縮まらず、広背筋の力が上手く腕に伝わらない。
同様に、プル(懸垂)においても、肩甲骨が先行して下制することで、広背筋の力で体を引ける。
イメージからもわかるように、広背筋は体幹部への配置が大きい割に、腕の部分は小さい。停止では、筋繊維がクロスする。
この構造により、少しの収縮で腕を大きく動かせるメリットがあり、大きい力発揮には向くものの、いかんせん起始と停止が遠いかつ、末端が小さいことにより動きのコントロールは下手くそというデメリットもある。
よって同じ動きで制御をサポートする大円筋が存在する。
肩甲骨が動かない場合
では、肩甲骨の動きが悪いまま、ロウやプル(引く動作)を実行するとどうなるのか?
体は肩や腕の筋肉の代償動作により動きを遂行する。
ローイングでは肩甲骨が内転しなくても、腕を後方に引くことができる。この時に使われるのは上腕三頭筋だ。これは懸垂でも同じである。
上腕三頭筋長頭は肩甲骨と腕を繋いでいる。広背筋と同じ、腕を後方に引く作用を持つが、こちらは
『肩甲骨と腕を近づける』
働きである。↑これもポイント
ウェイトトレーニングのダンベルローイングやワイドグリップの懸垂では、広背筋を狙う目的で、肘をあまり曲げず行うこともあるが、柔術や柔道で相手を引っ張る時には、肘の屈曲も伴う。ともなれば、上腕二頭筋なども使うことになる。
肩甲骨を動かし、広背筋が使えた方が、省エネかつ強力に引けるのは間違いない。
トレーニングの観点
筋肉の発達は動作に特異的だ。
上述のように、腕引きのローイングや懸垂では、広背筋ではなく、上腕三頭筋や上腕二頭筋が発達する。つまり、背中のトレーニングが下手な人になってしまう。腕の成長を望むならそれでもいいが、それならばローイングや懸垂をやるのは不効率なので、二頭や三頭を狙う別の種目を行う方がいい。
広背筋を成長させたければ、起始(背骨、骨盤)と停止(腕)を最大限に伸び縮みさせながら負荷をかける必要がある。
ロウイングでは肩甲骨の外転と内転、下制
プルでは肩甲骨の上方回旋と下方回旋、下制
肩甲骨が動かないと、広背筋が刺激される距離が短くなってしまうため、トレーニング効果も弱くなってしまう。
肩の怪我
広背筋は腕のコントロールが下手クソであるが、上腕三頭筋の長頭もさほど変わらない。どんぐりの背比べ。理由は二関節筋だからである。※
では、一番腕を上手くコントロールできるのは?
・棘上筋
・棘下筋
・小円筋
・肩甲下筋
いわゆる肩のインナーマッスル(ローテータカフ)である。
肩甲骨と腕を直接つなぐ彼らの役割はシンプルで、腕が動く際に、
『肩甲骨に対する腕の位置を最適なポジションに安定させる』
ことだ。
個々の筋肉は小さいイメージだが、全てを合わせると広背筋や大胸筋と同じぐらいの体積を誇り、物理的にもバランスが取れているのがわかる。
残念なことに、上半身を頻繁に使うスポーツ(組技格闘技を含む)やウェイトトレーニングでは、肩甲骨の動きの悪さの代償を払うのが彼らである(肩腱板損傷)
これは・・・腰痛の患者にお医者さんが腹筋と背筋を鍛えましょうと言うのに近い。彼らは被害者だ。肩甲骨、胸椎などに問題がないか確認する必要がある。
第1章まとめ
腕を動かすとき、肩甲骨も肋の上で動いている
引く動作で肩甲骨が動かないと背中の力が上手く使えない
背中が使えない分は腕の力で引っぱる
肩甲骨の動きが硬いと背中の筋肉が発達しない
肩甲骨の動きが悪いと肩のインナーマッスルを怪我しやすい
第2章
肩甲骨が適切に動かないことのデメリットがわかった。この章では肩甲骨の動きと働く筋肉の関係を見ていく。
肩甲骨を動かす筋肉をイメージできると、背中の感覚が鋭くなり、肩甲骨を使うという感覚もつかめるようになる。
まず、どんなに努力しても明らかに肩甲骨の制御ができない時が二つある。
一つ目は、疲れて息が上がっている時だ。俗に言う、肩で息をするである。
スパーリングでも試合でも、相手にプレッシャーをかけられたとき、実力が拮抗したとき、序盤は問題なくても、だんだん苦しくなって、最終的には口で呼吸をしてしまう。
口呼吸のすべてが肩で息をすることにつながるわけではないが、運動強度が上がって酸素供給が間に合わなくなるほど、胸郭(肋)を激しく動かして呼吸しなくてはならない。
さすれば、胸郭の上に乗る肩甲骨も大きく動き、正確なコントロールは難しくなってしまう。
また、心肺機能的の疲労だけではなく、筋や神経の疲労でも制御が甘くなることもある。
なので、競技パフォーマンスは包括的に強化しなくてはならない。
二つ目は、日常的に姿勢が崩れている場合である。
例えば、デスクワークなどで円背になっている人は、肩甲骨の位置がすでに大きくずれていて、適切な動きをするのが難しいポジションにある。また、肩甲骨を動かす筋肉の感覚器官もバグっていることがあり、修正に時間を要する。
肩が上がる
肩甲骨の挙上自体は体に必要な動きであるが、力みや肩こりの象徴であり、多くのスポーツにおいて肩が上がっていいことはない。
日常的に肩が上がってる人は、僧帽筋上部や肩甲挙筋が硬く感じられる。神経的に張ってるのか、筋が短縮しているのかは個々により変化するが、結果的に僧帽筋下部や前鋸筋が上手く使えないので弱くなりやすい。
肩甲骨が下制できない人がローイングをやると、肩を上げながら引いてしまうエラーパターンとなり、肩を上げる癖を強化することになってしまう。
脱力には肩甲骨の下制がマストなので、僧帽筋下部や前鋸筋を活性化する必要がある。
肩甲骨を寄せる
肩甲骨の内転と外転は柔術の押し引きに一番関係する動きである。
背中の後ろに支えのない状態で相手をプッシュするには、前鋸筋により安定した肩甲骨の土台が必須となる。
引く動作においてまとめると
①僧帽筋中部と菱形筋 → 背骨と肩甲骨の距離を近づける
②広背筋 → 背骨と腕の距離を近づける
③上腕三頭筋 → 肩甲骨と腕を近づける
となり、効率的な力発揮のためには、まず①が大事である。
ベンチプレスディスリスペクト
広背筋と同じように、ベンチプレスやダンベルプレスで胸を鍛えたい場合も肩甲骨のポジションが肝になる。広背筋と違うのは、胸の伸展位にフォーカスすることである。
肩甲骨を内転+下制位に固定することで大胸筋にストレッチがかかり、筋肥大の刺激となる。肩甲骨を内転+下制位で固定できてないと、ローテーターカフが負荷を受けて怪我につながる。
大胸筋の胸骨部と腕を最大限に近づけることを考えると、プッシュ時は肩甲骨を外転させるのが好ましと思われるが、腕が伸びた段階において、すでに大胸筋に対する負荷は小さくなっていることと、回数を重ねる際に、再び肩甲骨を固定するのが難しい為、プッシュ時も肩甲骨は固定したままとなる。
ゆえに、肩甲骨の動きが悪い中で、ローテーターカフに負荷が集中してインピンジメントなどの怪我にいたる流れである。
みたいなことは、筋トレ白帯の頃に知りたかった・・・
BIG3の一つとして、初心者におすすめされたりするが、冷静に考えると難易度の高い運動だと思う。
腕を上げる
肩が上がるのは好ましくないが、腕は上げたい。
野球やテニス、バレーなど頭上で腕を動かす(振り回す)、オーバーヘッドスポーツにおいては、肩甲骨の上方回旋ができるできないは選手生命に関わる死活問題である。
柔術をやっていてバンザイすることなんて、ノースサウスポジションから攻めてくるパサーをプッシュするぐらいしか思いつかないのだが・・・他にあるのだろうか?
・・・日常的にオーバーヘッド動作のある競技をやっていたり、懸垂とかでバンザイする習慣がないと、大人は頭上に腕を挙げない。四十肩や五十肩は若い頃に肩の動きが適切でなかった代償もあるが、そもそも使ってないから、肩甲骨を上方回旋させる前鋸筋や僧帽筋下部が機能低下してるパターンも少なくない。
運動パフォーマンスにおいては、腕を上げる際に、肩甲骨と腕は2:1の比率で動く肩甲上腕リズムがある。
肩甲骨の上方回旋ができず、腕をあげようとすれば、三角筋やローテーターカフ(棘上筋)の力を使うことになるが、肩甲骨と腕の骨の間の組織が挟まれて、腕を上げれる角度は小さくなってしまう。これがいわゆるインピンジメントで、四十肩、五十肩のもとである。
逆にみれば、ビジュアル的に見栄えのする出っ張った肩(三角筋)を鍛えるには、フロントレイズやサイドレイズで肩甲骨の動きを制限して、三角筋を伸長短縮させるのが大事といえるが・・・推奨はしない。
下方回旋は下制や内転と同じく、引く動作に必要になる。懸垂やプルダウンのような万歳した位置から腕を引くときにでるので、補強で懸垂などをする人は意識したい。
どこの筋が硬くて、どこの筋が動いてないか、どこ動きが苦手かは個々により変わるが、一般的には、肩甲骨の挙上位や内転位で固まりやすく、下制や外転、上方回旋が苦手な人が多い傾向にある。前鋸筋や僧帽筋中部下部の機能が低下しやすい。
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