柔術家がまっさきに習得すべきテイクダウンの徹底解剖
柔術家が選択できるテイクダウンの技は無数にあるが、本稿では古今東西(?)で数多く使われ、圧倒的なテイクダウン成功率をほこる
『インサイドトリップ(a.k.a小内タックル)』
について解剖していく。
この技の良いところは、術理的に強い(後述)のはもちろんのこと、道衣、ノーギ問わず使え、何より理屈さえ知ってしまえば、最小限の努力で習得できるということである。つまり、これを読めば、次の練習で使える。
難しいことは言わない、読んだらやりたくなるだろうし、遠慮なく使って欲しい。そしてテイクダウンを決めよう!
ADCC王者JTのインサイドトリップ
この試合がそうだ。
(グラップリングかよ・・・)
なんて思われる柔術家もいるかもだが、無問題、基本的な理屈はGiでもNo−Giでも変わらないから、このまま進んでほしい。
この試合は2022年のADCC-77kg級本戦である。JTトーレスは2017、2019と2大会連続で同階級を制している王者であり、今大会も間違いなく優勝候補筆頭であった。
この試合においてJTはインサイドトリップを含め、多くのタックルを試みているが、結果的にはPJの豪快なダブルレッグによるポイントで敗れている。
まず、前提知識としてインサイドトリップが成功しやすい理由であるが、テイクダウン時に立って逃げるのが難しい構造がある。
①白ラッシュの選手が、紫ラッシュの選手の右腕をアームドラッグして、右脚にインサイドトリップを仕掛ける。
②テイクダウン後の形はこのように、紫ラッシュの右側に白ラッシュの体が乗る可能性が高い。両者の右脚が絡んだ形となる。
③紫ラッシュは、1.左腕で相手を押しながら、2.右手をポスト、3.テクニカルスタンドアップで右脚を抜いて逃げたいが、アームドラッグからのインサイドトリップでは、この全ての工程が遅れてしまうので逃げれない構造となる。※詳細は私の動画を確認してほしい。
では、インサイドトリップの成功例と失敗例、細かいテクニックの違いなどを分析しよう。
1st Attempt(成功例)
まずは、4:07(タイムは全てYouTubeプレイヤー上)あたりから観てほしい。JTのインサイドトリップがクリアに決まっている。
・両者の手が絡んでる近距離からのショット
・アームドラッグはしてない
・PJの倒れ方
あたりに注目したい。
インサイドトリップでは、自分の足(脚)で相手の脚を刈るのが大事なので、近距離から狙う方が成功しやすい。JTの右脚と左腕がしっかりPJの右脚を刈っているのがわかる。
初手にアームドラッグを入れることで、タックルへのフェイントになり、倒した後のリカバリーを遅らせることができるので、アームドラッグは推奨であるが、倒すだけならアームドラッグは無くても実行できる。
一番の注目はPJの倒れ際である。真っ先に左手をポストしようとしている。アームドラッグに巻き込まれて無いので、PJの右手は早々にJTの肩の上に出てきている。しかし、肩をプッシュすることには失敗した。
上述の前提知識と同じ方向でのインサイドトリップなのに、倒されたPJの体がやや仰向け(序盤に至っては逆側を向く)になっているのがわかる。アームドラッグありならば、PJの右側が下の半身になっていた可能性が高い。
加えて、PJは右手でプッシュ、左手をポストして立とうと試みている。抜かないといけないのは右足なのに、逆サイドになっているので、PJのテクニカルスタンドアップの得意側が推測できる。これは、アームドラッグに巻かれてないことも理由の一つだが、背骨の回旋の得意側なども関わる。
成功例だけでは、良し悪しがわからないので、失敗例を見よう。
2nd Attempt(失敗例①)
7:08~において、PJのダブルレッグが炸裂して4ポイントを奪われた直後、すぐさまスタンドにリカバリーした7:38~でのショット
時計を確認した直後のPJに対して、今回はアームドラッグありのインサイドトリップを仕掛けるも失敗している。
明確なのは、1回目に比べて距離がかなり遠いことだ。これはPJが後退してたのと、ポイントを先取されてJTが焦ってるのが理由であろうが、結果的に脚がほぼ絡んでいない。
これは推進力の無いダブルレッグタックルなので、PJはサクッと回避した。
もう一つの失敗例を見て解像度を上げよう。
3nd Attempt(失敗例②)
試合の残り時間がラスト1分にさしかかる直前の9:42~ぐらいから見てほしい。
これ以上ない最高のタイミングでJTがインサイドトリップを実行した。これは間違いなく成功したと思った。でも、失敗してしまった・・・
注目するところは
・ややケンカ四つ
・アームドラッグ有り
・JTの脚
・JTの頭の位置
・PJのアンダーフック
失敗例を分析するにもこれ以上ないアングルである。
1回目と2回目はステップにより分かりにくいものの、相四つに近い状態でのショットであったが、今回はケンカ四つで少し距離がある。とはいえ、2回目の方が明らかに遠いので、JTにとっては成功圏内のはずである。
最大の失敗要因はJTの脚と頭の位置からわかる。JTの脚が全くPJの脚に絡んでないのだ。そしてJTの頭の位置が明らかに低い。ここでもう一度4:07の1st Attemptの成功例を確認してJTの頭の高さを比較してほしい。
インサイドトリップは脚を固定して、相手の重心を支持基底面から押し出す技である。重心の位置は姿勢や組み方により変動するので、正確ではないが、ここではざっくり重い腰を吹っ飛ばせば良い。相手に尻もちを着かせたいのだ!
成功例ではJTの体が腰あたりをダイレクトに押し出し、失敗例では低すぎて腰にインパクトが無いのがわかる。
JTが絡んだ脚の位置は通常のダブルレッグなら成功した可能性があるが、この後に左足(脚)を立てて、ヒップイン(相手の重心の下に潜る)する必要がある。※タックルの解剖は下の記事を参考にしてほしい。
しかし、インサイドトリップで右股関節を外旋して床についてる為、ここから左脚を立てるのがスムーズにできないのだ。ゆえに、右脚を一回畳んだ後に、左脚を立てるというぎこちない動きになってしまっている。
インサイドトリップからのダブルレッグがスムーズに成功した例として、ハファエル・ロバトJr.の連携を見てほしい。JTとは逆側のショットであるが、一連の流れが確認できる。
このパターンのダブルレッグならば、脚のフックが失敗してもコンボで倒せた可能性がある。
では、なぜJTの動きはこうならなかったのか?
『PJの左腕のアンダーフックがJTの右腕をとらえてたから』
である。
JTがハファエル・ロバトJr.のようなコンボを実行するには、右腕でPJの左脚を固定(回転軸)する必要があるが、PJの左腕に阻まれた為に、右脚へのシングルに移行する羽目になったのだ。
JTが失敗したのか?PJが防いだのか?私は後者だと思うが、さすがにこのハイレベルの攻防は凡人の私には読み解けないので容赦していただきたい。
まとめ
試合の大部分がテイクダウンを狙う攻防であったが、ポイント関係なしに実際に決まったショットはJTとPJ、それぞれ1回の計2回である。
JTはインサイドトリップ以外にも、シングルやダックアンダーを仕掛けている。最後にPJに防がれた(であろう)ショットも含めて、現実的にはインサイドトリップだけで無双するのは難しいと思われる。
しかし、簡易かつ強力なオプションであることは間違いないので、成功率を上げるために、この試合から学べたこととして
『自分が腰に入れる適切なレンジを知っておく』
アームドラッグができるか?
脚はしっかりかかるか?
腰に体を当てれるか?
自身がこの3点を達成できる距離を認識して実践してほしい。今まで見てきたように、アームドラッグはなくてもこの技は成功するし、脚を躱されてもダブルレッグに繋げることができる。よって何よりも大事なのは、腰にインパクトできる距離からショットすることである。
巻末ゆえ詳細は省くが、もしより遠距離からのショットを狙うなら、通常のダブルレッグやシングルレッグの方が脚力による推進力を得られるため機能するであろう。
追記
インサイドトリップには、大内刈のように股関節を内旋する技もある。本稿で紹介した技は股関節の外旋が必要であり、人によっては骨や関節の構造的な問題で股関節の外旋が苦手な場合がある。もちろん逆(内旋が苦手)もあるが、股関節の可動性の不足を膝関節が代償するのは常なので、技を実施する前に自身の股関節の動きが適しているか確認してほしい。
Yusuke Yamawaki
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