タックルを速くする方法
ブラジリアン柔術やグラップリングには、タックルで有利になる局面が多くある。高速タックルができると、一瞬で相手を制し、試合を有利に進めることもできる。
この記事では、タックルを高速化する方法を
技術
力学
トレーニング
この3つの視点から解剖していく。これらを理解できれば、戦術的有利による競技力の向上が見込まれる。
第1章: タックルの技術
まずは技術的な話をしよう。本稿では相手から離れた位置、または相手と組み合ったところから、相手に対してまっすぐに入る基本的なダブルレッグタックルを想定して話を進める。
ダブルレッグに関して、白帯の頃に教わったことで、思いのほか役だったのが
『壁タックル』
である。
壁(または大きめの柱)に向かってタックルをかます一人打ち込みだが、これを練習終わりに日課でこなしていたところ、スパーリングで先輩にスパッとタックルが決まって驚いた。
以後、調子こいてひたすら繰り返していたが、ビギナーズラック的な効果は薄れ、神速のタックルを獲得するには至らなかった・・・
壁タックルは一人でできるので、タックルの踏切り感覚を磨くには悪くない練習だが、今の知識で考えるなら、おすすめはしない。
柔術家のタックル
ある時、グラップリングの試合を観ていたら、柔術で活躍する選手がタックルを仕掛けて失敗した。
脚ではなく、相手の胴体に向かってタックルに行った為に止められてしまったのだ。
別に胴タックルが悪いわけではないが、相手の腕に防がれやすいのに遠距離からわざわざ胴に入る理由がない。
おそらく、脚にタックルに入ったつもりが、失敗して胴に入ってしまったと思われる。
真っ先に思い浮かぶ理由は、
『柔術家の構えが高かったから』
というものである。
これは腰の位置が高いというわけではなく、腰は低くしているけれど、上体が起き上がっているということだ。
レスリングとは違い、柔術やグラップリングにはチョークによる首への攻撃がある為、あまり頭の位置を低くできない。ゆえに、基本的な姿勢はレスラーよりも高くなる傾向がある。
自分では脚にタックルに行ったつもりでも、上体は相手の胴体(ディフェンスの腕)に近くなるので、止められる可能性が高くなる。
レスリングを教わったことがなく、サブミッションのある日々のスパーリングにおいてタックルを練習してきた柔術家やグラップラーには姿勢が高いタックルが癖付いてる人が少なくないかもしれない(もちろん私もそうだった・・・)
壁タックルは壁にぶつかる前に確実に上体が反る。これは後述する上体を起こすべきタイミングより明らかに早い。ゆえに反復することで癖が定着してしまう。さすがに壁に頭や肩でぶつかる勇気はないので、タックルの打ち込みは対人で行ってほしい。
頭と腰の高さ
サブミッションをもらうリスクを考えると、上体の高い姿勢が間違いということではない。しかし、タックルの成功率とはトレードオフである。
姿勢の良し悪しは、相手との相対的な関係によって決まる。
身長
手足の長さ
頭の高さ
腰の高さ
などがあげられる。
例えば身長差がある場合、両者が棒立ちならば、身長が低い人の方が脚へのタックルは入りやすくなる。
しかし、両者とも姿勢を構えた状態ならば、 注目するべきは、頭の高さ(目線)や腰の高さ、リーチから来る懐の深さである。
股関節が硬かったり、疲れていたりして、姿勢が高い状態だとタックルをもらいやすい。 身長差があると、身長が高い方がどんなに頑張って低く構えても、身長が低い方が有利になることもある。
しかし、姿勢を変えてお尻を引いた状態にすると、背骨の長さや腕のリーチによって懐が深くなるため、タックルは入りにくくなる。この場合は身長が低い方が不利になることが多い。もちろん加速力で勝ることもできる(後述)
これらは一例であり、柔術において 百発百中で極まる技がないように、タックルにおいても、相手との相対的な関係によって使えるオプションを複数持っておくことは大事である。
ポスト、カラータイ、ロシアンタイ
レスリングはもちろんのことグラップリングにおいても、常に相手と離れたところからタックルを仕掛けるわけではない。
手で相手の頭や肩を押したり、首に手をかけ崩したり、腕を絡めたりする。いわゆる組み手がタックル以前に無数に存在する。
相手と組み合わない状態では、体格の小さい方が不利になることが考えられるが、相手と組み合うことができたなら、組み手次第でいくらでも勝ち筋はある。そして何よりタックルでの距離が短いのでレベルチェンジとほぼ同時にペネトレーションできる。
レベルチェンジ
もう一つ、柔術家のタックルが失敗する理由に体全体が高いままタックルに入ってしまうことがある。
タックルやアンクルピックに入る場合、身体を下に沈ませるレベルチェンジを行う。
これは筋力でどうこうするのではなく、タイミングのズラしと脱力により、足関節、膝関節、股関節をゆるめることで自然に沈む。
ダブルガードの攻防に見られるような、高速ガードプルも脱力して重力に身を任せるだけであり、感覚的には一番タックルに近い。
レベルチェンジのタイミングで相手にカウンターのタックルをされると簡単に転けてしまう(後述)ので、組み手と崩しが超重要となる。
ペネトレーション
レベルチェンジの次(又はほぼ同時)に行うのが、床をプッシュすることである。
相手のいる方向に進むためのメイン動力源が下肢のプッシュであり、レベルチェンジにより屈曲した下肢を伸展する力で床を押す。※
相手に組みつくことができたら、ヒップイン(腰を突き出す)することで、相手の重心の下に潜って倒しにいく。上体が起きるのはこのタイミングになる。
技術については、 タックル以前の組み手であったり、組みついた後の倒し方も大事であるが、バリエーションが豊富なことと、加速という点からは離れるため割愛させていただく。
※超近距離の攻防では、レベルチェンジだけで達成できるアンクルピックや、レベルチェンジとプッシュオフがほぼ同時のタックルもある。
第1章のまとめ
姿勢
相手との相対的な関係
組手
レベルチェンジ
ペネトレーション
技術的には、相手の脚に到達するまでに最低この五要素がある。タックルが上手くいかない場合は、どこかに問題がある可能性が高いので、改善または工夫することで、タックルを高速化することができる。
第2章: タックルの力学
この章の目的は、
『高速タックルに影響する意味のある変数を知ること』
である。
力学が苦手な人もいるかもしれないが、ダブルレッグ(両脚タックル)をもとにタックルの力学をなるべくわかりやすく説明する。
前に進む力
相手に向かって前進するのがタックルなので、前に進むための力がいる。この力は脚(足)で地面を蹴ることで発生する。なので、タックルに入る為には脚の筋力が必要になる。
脚で地面を蹴ると、地面に加えた力と同じ大きさの力が逆向きに返ってくる。これが
地面(床)反力 = Ground Reaction Force
床反力の力の向き(ベクトル)が相手のいる進行方向と同じなのでタックルできる。
柔術家のような上体が立ったタックルとレスラーのタックルを比べた場合、加える力が同じと仮定すると、どちらも床反力で進行するのは同じだが、姿勢が低い方が速く相手に到達できる。
加速力
組み手やフェイントなどを抜きにして、フォームを一定とするならば、タックルに影響する主な要素は
重力
足が地面から離れる時の速度
である。
重力はタックルの最中に変化したりしないので、地面を蹴ったとき(離地時)にどれぐらいの速度が出せるか(速度の変化)がタックルの成功を左右する。
速度の変化を大きくするには何をするべきか?これを知るために運動方程式を使う。
体重もタックルの最中に変化したりしないので、大きい力を(地面に)加えるほど、物体(ここでは体)は大きく加速する。※
速度と加速度
速度の変化を大きくする方法
しかし、タックルの速度の増加は一定ではないので、平均加速度はそのまま使えない。
加えて、知りたいのは加速度ではなく → 「地面を蹴ったときにどれぐらいの速度が出せるか(速度の変化)」なので、F=maのaを速度(の変化)にするために時間(t)をかける
タックルの加速度なんて測ったことはないが、これで重要な速度の変化を大きくする方法はわかった。
v = F×t / m
v(速度の変化)を大きくするにはF(力)やt(時間)を大きくするか、m(質量)を小さくするかだ。
つまり力学的にタックルを速くする戦略は二つ
地面に大きな力を長く加える
体重を落とす※
短期的には、タックルの最中に体重は減ったりしないので、1の戦略が基本となる。
中期的には減量ができる。減量で加速する方法は短期間で効果が出やすいが、階級制競技だと頭打ちも早く来る。
長期的には一度体重を増やそう。階級において体重に余裕があるアスリートは、バルクアップとともに筋力を向上させた後、減量することで大きい速度をすばやく手にすることができる(ただし効果は長くは続かない・・・)
高速タックルを目指しているので、減量という戦略になるが、タックル全体のパフォーマンスを考えると減量しないほうがいいこともある(後述)
知ってみれば感覚的に思っていたことと違わないかもしれないが、理屈を知らないと、誤った方向で練習やトレーニングをしかねないので知識は大事である。
ということで、いかに地面を強く蹴るかの話をしよう。
※正確には重さと質量は異なる
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